精神科医 塩入俊樹氏

 「ストレス」は元々、物理学で使われていた言葉で「外部からかけられた圧力によって生じる物質のひずみ」のことです。例えば、ゴムボールを手で押して圧力をかけると、ゴムボールはへこみます。圧力が弱まると、弾力によってやがてゴムボールは元の状態に戻るでしょう=図=。この、手の圧力が「ストレッサー」であり、ゴムボールのゆがみが「ストレス反応」です。そして、どのくらいの強さであればゆがみ、どのくらいの弱さであればゆがまずに形が維持されたままでいるのか、その力の強度を「ストレス耐性」ということができます。

 この「ストレス」という言葉を、20世紀半ば、ハンス・セリエという生理学者が、ヒトの生体に当てはめて「外部環境からの刺激によって起こるゆがみに対する(体の)反応」であると考え、この外部からの刺激を「ストレッサー」と定義しました。ですから「ストレッサー」には、私たちがよく知っている、人間関係、仕事や家庭での不安や怒りなどの「心理・社会的なストレッサー」だけでなく、寒暖変化、騒音、振動、光などといった「物理的ストレッサー」、食品添加物などの化学物質や金属、薬物、アルコールやたばこ、大気汚染などの「化学的ストレッサー」、さらに、花粉のようなアレルギー反応やせきやたんを引き起こすウイルスや細菌などの「生物的ストレッサー」など、いろいろあります。疲労、不眠、健康(病気)など、体の不調から生じるものも「生理的ストレッサー」といわれています。

 ここでは、より分かりやすく、何らかの刺激や変化に対して、こころや体がイライラ、ドキドキと緊張した状態を「ストレス」としましょう。そして「ストレッサー」によって起こるこころや体の反応を「ストレス反応」とします。現在では、これらを総称して「ストレス」と呼ぶのが一般的です。

 次回からお話をしていく、ストレスで生じるこころの病気(「ストレス関連症」)に重要な「心理・社会的ストレッサー」は、全てが悪いものではありません。適度であれば判断力や行動力を高めたり、気分転換になったりします。しかし、そのストレスが過剰だったり慢性的だったりすると、心や体に悪い影響を及ぼすことがあります。例えば、昇進や子どもの誕生といったおめでたいことも脳には「刺激、変化」として伝わるため「ストレッサー」にもなり得るのです。そのため、大きな喜びの後に、不安や落ち込み、気力の後退が起こることも珍しくはありません。次回は、(生)体の「ストレス反応」について、お話しします。