引退会見で14年間の現役生活を振り返る田中順也=岐阜市内
 


 ―キャリアを通じてうれしかったこと、悔しかったことは。
 「うれしかったことは、プロのキャリアをスタートしてすぐにJ2優勝、J1優勝、天皇杯優勝、ヤマザキナビスコカップ優勝をして、最初に柏レイソルで過ごした5年間で国内タイトルを取れたこと。本当にうれしかった。特にJ1優勝というタイトルは、全員が経験してほしいと思うくらい、本当に素晴らしい経験。それが一番うれしかった。
 悔しかったことは、スポルティングに移籍しての欧州チャンピオンズリーグ(CL)。チームはヨーロッパ遠征をしていて、僕も帯同はしていたけど、全ての試合でベンチ入りができずスタジアム観戦をした。もう少しで出場できるところまでいったけど、出場できなかった。それが心残り」

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 ―岐阜で過ごした2年間で、印象に残っていることは。
 「FC岐阜の選手として移籍してきて、岐阜県の素晴らしさは家族でよく話す。観光地がいっぱいあって、空が広くて、自然が豊かで。岐阜に来て、岐阜に住んで、家族でそれを実感した。本当に岐阜が好きになったし、まだまだ行っていないところがあるので、行かないと、と思う」

 ―田中選手にとってサッカーとはどんな存在か。
 「小学校に入る前に親からサッカーボールをプレゼントされて始めた。友達ですかね。サッカーボールでサッカーをしている時間が幸せで、30年近く没頭させてもらった。最高の友達」

 ―今後の抱負を。
 「自分が熱中してきたサッカーで、幸せなことに海外移籍までできて、いろんな世界を見てこられた。Jリーグのタイトルもたくさん取れて、本当に華やかなサッカー人生だった。そういう華やかな場所があるということを、次の世代の子どもたちに伝えて、子どもたちの夢がかなうような手助けができたら」

 ―サポーターに伝えたいことは。
 「サポーターには〝TJ〟という愛称を付けてもらって、TJと呼ばれて幸せだった。サポーターが喜んでくれることがモチベーションになった。自分のゴールで人を感動させられるのは、なかなかない職業。感謝を伝えても伝え切れない。本当にありがとうございます」