―キャリアを通じてうれしかったこと、悔しかったことは。
「うれしかったことは、プロのキャリアをスタートしてすぐにJ2優勝、J1優勝、天皇杯優勝、ヤマザキナビスコカップ優勝をして、最初に柏レイソルで過ごした5年間で国内タイトルを取れたこと。本当にうれしかった。特にJ1優勝というタイトルは、全員が経験してほしいと思うくらい、本当に素晴らしい経験。それが一番うれしかった。
悔しかったことは、スポルティングに移籍しての欧州チャンピオンズリーグ(CL)。チームはヨーロッパ遠征をしていて、僕も帯同はしていたけど、全ての試合でベンチ入りができずスタジアム観戦をした。もう少しで出場できるところまでいったけど、出場できなかった。それが心残り」
―岐阜で過ごした2年間で、印象に残っていることは。
「FC岐阜の選手として移籍してきて、岐阜県の素晴らしさは家族でよく話す。観光地がいっぱいあって、空が広くて、自然が豊かで。岐阜に来て、岐阜に住んで、家族でそれを実感した。本当に岐阜が好きになったし、まだまだ行っていないところがあるので、行かないと、と思う」
―田中選手にとってサッカーとはどんな存在か。
「小学校に入る前に親からサッカーボールをプレゼントされて始めた。友達ですかね。サッカーボールでサッカーをしている時間が幸せで、30年近く没頭させてもらった。最高の友達」
―今後の抱負を。
「自分が熱中してきたサッカーで、幸せなことに海外移籍までできて、いろんな世界を見てこられた。Jリーグのタイトルもたくさん取れて、本当に華やかなサッカー人生だった。そういう華やかな場所があるということを、次の世代の子どもたちに伝えて、子どもたちの夢がかなうような手助けができたら」
―サポーターに伝えたいことは。
「サポーターには〝TJ〟という愛称を付けてもらって、TJと呼ばれて幸せだった。サポーターが喜んでくれることがモチベーションになった。自分のゴールで人を感動させられるのは、なかなかない職業。感謝を伝えても伝え切れない。本当にありがとうございます」










