引退会見で14年間の現役生活を振り返る田中順也=岐阜市内
 


 ―最初に引退することを誰に伝えたのか。
 「奥さんが最初。『もう今年で辞める』と(伝えた)。次にお母さんで、奥さんのお父さん、お母さんに伝えた。奥さんは『十分やったんじゃない』と。全ての場所についてきてくれた。『最高のサッカー人生だったね』と言ってくれた」

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 ―奥さまに伝えたいことは。
 「僕は家の外では温厚ですけど、家に帰ると自分のパフォーマンスにいらだっている。奥さんはいつも話を聞いてくれて、考え方を正してくれて、おいしいご飯を作ってくれる。たくさん話を聞いてくれる奥さん。いらだちを受け止めてくれる人で、感謝しかない」

 ―一番印象に残っているプレーは。
 「僕のゴールの中で一番有名なのは、神戸時代、イニエスタとのパス交換をして取ったゴール。ここ(FC岐阜)にいた古橋亨梧もアシストしてくれて、僕の理想の形だった。あとは、ポルトガル時代に自分で獲得したフリーキックをたたき込んで、試合終了して勝った時。隣にはナニがいて、彼と話して『自分に蹴らせてくれ』と。その二つは印象に残っている」

 ―サッカーをやっていて最高だった瞬間は。
 「やっぱり、チームがタイトルを取る瞬間。何回でも味わいたかった。そのためにサッカーをやっていた」

 ―柏木選手とプレーして感じたことは。
 「同い年のスーパースター。サッカーのセンスが全部詰まった選手。サッカーがうまい選手というのは、表現が難しいけど、本当にうまい。めちゃくちゃうまい選手という表現になるんですかね」

 ―一番、息が合っていたパスの出し手は。
 「一緒にやってきた仲間たちが偉大すぎて一番は決めづらいですけど、(柏でチームメートだった)レアンドロドミンゲスは、当時すさまじかった。レアンドロに引っ張られて自分が活躍できた印象。もちろん(神戸で共闘した)アンドレス(イニエスタ)もすごいんですけど、当時のレアンドロドミンゲスは、あの人よりすごい人はなかなかいないと感じている」