心肺運動負荷試験CPXのための呼気ガス分析装置(左)と自転車エルゴメーター

循環器内科医 上野勝己氏

 運動習慣が健康の維持に有効であることは明らかですが、狭心症や心筋梗塞、心不全などの心臓病患者が適切な運動療法(心臓リハビリテーション=心リハ)をすることは良いことなのでしょうか。

 2023年にヨーロッパ心臓病学会誌で発表された、世界中でこれまでに実施された心リハ群と非心リハ群とを比較した研究論文85本(参加症例2万3430人)をまとめた報告では、心臓死が26%減少、心筋梗塞が18%減少、再入院が23%減少していました。とりわけ多くの参加者で精神面も含めて健康関連QOL(生活の質)が向上していました。

 運動は、極めて短時間に高出力を出す運動と、ゆっくり長く続ける運動に分けられます。前者では酸素を必要とせず、筋肉にあるクレアチニンや筋肉グリコーゲンが利用され短時間に大きな力を発揮します(嫌気的代謝による無酸素運動と呼ばれます)。重量挙げや100メートル走などです。無酸素運動では、乳酸と水素イオンなどの疲労物質が産生され血液が酸性になることや、急激な交感神経の緊張による血圧や心拍数の上昇が、心機能の突然の低下や不整脈を誘発するなどして心臓病には危険です。

 一方、ゆっくり長く続ける運動では、十分な酸素が供給されるため、グリコーゲンや血中のブドウ糖や脂肪酸が細胞内のミトコンドリアで利用できるようになります(好気的代謝による有酸素運動と呼びます)。エネルギー効率も良く疲労物質も作られず長時間持続可能な運動です。ウオーキングやサイクリングなどです。しかしこの有酸素運動も、さらに歩行速度を上げて運動強度が増すと酸素の供給が間に合わなくなり、ミトコンドリアを使った好気的代謝だけではエネルギーが足りなくなります。そうすると嫌気的代謝も動員してエネルギーを賄おうとします。有酸素運動と無酸素運動が混在して心機能低下や不整脈のリスクが高まってきます。

 心臓リハビリテーションでは、運動強度が強くなり過ぎて無酸素運動にならないように軽度から中等度の有酸素運動を主体として運動療法を行っていきます。無酸素運動が始まる運動レベルは個人ごとで異なるため、心肺運動負荷試験CPX=写真=を行って無酸素運動が始まる運動強度(嫌気性代謝閾値(いきち)=AT)を測定して適切な運動処方をします。

 心臓リハビリによっても心機能の劇的な改善は認められないのですが、末梢(まっしょう)循環や骨格筋機能の改善、血管内皮機能の改善、ミトコンドリアの増大、呼吸機能の改善などによって最大酸素摂取量が15~30%も増え運動耐容能が向上します。また運動による抑うつ改善効果もあり、結果として健康関連QOLや予後が改善します。

 心臓病にかかって精神的に落ち込んだり心配したりする→過剰に生活を制限する→さらに落ち込む、といった悪循環が心臓リハビリを受けることで科学的に解消され、患者が自信を持って毎日を過ごすことができるようになってもらうことが私たちの願いです。