エコノミークラス症候群のメカニズム

産婦人科医 今井篤志氏

 経口避妊薬は避妊効果が極めて高いのみならず、月経痛の軽減や月経血量の減少といった月経関連トラブルの改善も期待できます。しかもその手軽さから広く用いられています。いくつかの軽い副作用が知られていますが、そのほとんどは3~4周期服用を続けたり、ホルモン組成や含有量の異なる他製剤に変更したりすることで解決します。一方で、重篤なリスクとして静脈血栓塞栓症があります。

 血栓症は、血液中にできた血液の固まった塊(血栓)が血管をふさいで生じる疾患です。静脈内にできた血栓が血管内に流され、肺や脳の血管を詰まらせると、生死に関わる重篤な症状を引き起こします。よく引き合いに出されるのが飛行機のエコノミークラス症候群です。長時間の座位、運動制限、水分摂取の減少などが影響し合い、血液が停滞し血栓が生じます。この血栓が流され肺に詰まったのが肺血栓症、つまりエコノミークラス症候群です=図=。肺の機能が著しく阻害されます。

 なぜ、経口避妊薬は静脈血栓塞栓症の頻度を上げるのでしょうか? 経口避妊薬はエストロゲン製剤とプロゲステロン製剤が含まれる配合剤です。このうちエストロゲンは血液を固まりやすくする作用があります。経口避妊薬を服用すると静脈血栓塞栓症の発症頻度は年間1万人当たり3~9人ですが、非服用者でも卵巣からエストロゲンが分泌されており、静脈血栓塞栓症の発症頻度は1~5人です。

 経口避妊薬を服用して血栓症が生じる確率は、車を運転して交通事故を起こす頻度とほぼ同じです。全国の交通事故件数を運転免許保有者数で割ると、おおむね0・4~0・5%、1万人当たり4~5人の運転者が1年間に交通事故を起こす計算になります(2020年)。

 また、妊娠中は胎盤で多量のエストロゲンとプロゲステロンが産生され、分娩(ぶんべん)後もしばらく体内に残っています。妊娠中の静脈血栓塞栓症の発症頻度は年間1万人当たり5~20人、出産後12週間の産褥(さんじょく)期では年間1万人当たり40~65人です。発症の危険度は経口避妊薬使用者の数倍です。出産時の出血に備えて、血液が固まりやすくするためと考えられています。

 血栓症は初期症状があります。下肢のむくみ・痛み・発赤、胸の痛み・呼吸苦、頭痛、視野の障害、腹痛です。これらの症状が現れたら内服をやめ、かかりつけ医や医療機関に相談しましょう。悪化させないためには、初期症状を軽視しないことが大切です。なお、発症のリスクは経口避妊薬使用開始4カ月以内に多く、中止後3カ月以内に非使用者のレベルに戻ります。

 本来、血栓は血管内の傷を修復するためのもので、誰でも血栓は生じます。必要がなくなれば溶けてなくなります。血管に傷ができやすい喫煙習慣や高血圧を有する女性では、経口避妊薬の使用ができません。服用中の体の変調に注意を払いながら、経口避妊薬の恩恵を享受しましょう。