循環器内科医 上野勝己氏

 コレステロールを下げ、血圧を下げ、ストレスを軽減するとされる健康食品の健康被害(死亡や腎障害)が問題となっています。コレステロールや血圧を下げることは、薬で容易にコントロールができます。エビデンスに基づきつつも、患者の生活環境や年齢や体重などの違いも考慮し、絶えず副作用に目を光らせながら行う薬物療法は現代医療の根幹をなすものです。

 循環器疾患における薬物治療の成果を見てみましょう。突然死の原因として最も多いとされるのは心臓突然死、その半分は虚血性心疾患(狭心症と心筋梗塞)によるものです。心臓の冠動脈に脂質が沈着して狭窄(きょうさく)を起こし十分な栄養を送れなくなる病気を虚血性心疾患と呼びます。

 虚血性心疾患の代表的な治療法は、薬物療法と、侵襲的治療法であるバイパス手術とカテーテル治療(血行再建と呼びます)です。侵襲とは、合併症のリスクを伴い身体への負担があるという意味です。症状が不安定で狭心症が重度な患者(少し歩いただけで狭心症が起きる、労作時だけでなく安静時にも症状が起きる、狭心発作時に冷汗を伴うなど)や、急性心筋梗塞、心不全の患者、左主幹部病変を持つ患者にはリスクよりもメリットがはるかに上回ります。

 しかし、症状が安定した、あるいは無症状の患者(安定冠動脈疾患と呼ぶ)に対してもこれらの侵襲的な治療は必要なのでしょうか? このことは長年議論されてきた大きな問題でしたが、この答えを求めた国際研究が米国主導で行われ、長期の観察結果が2022年末に発表されました。

 イスケミア試験(虚血試験;Circulation. 2023;147:8–19)と名付けられたこの研究では、中~高度虚血の患者5179人(年齢の中央値65歳)を、血行再建群(カテーテル治療、バイパス手術)と薬物治療をした群に分けて平均5・7年間、経過観察しました。結果は、両群で死亡や心筋梗塞などのイベントの発生率に大きな差は認められませんでした。表の、7年後の累積死亡率を見ると、心臓死は侵襲的治療群でやや少なく、非心臓死はむしろ薬物療法群で少なく、両者を合算した全死亡では差が認められず、簡易的に計算した65歳の一般日本人男性の7年後の累積死亡率と比較しても大きな差はありませんでした。薬物治療群の患者の23%は経過中に何らかの理由で血行再建を受ける必要がありました。とはいえ、重症と考えられてきた患者でも77%は薬物治療で十分だったのです。

 高齢患者や慢性腎臓病患者ではカテーテル治療も危険性が高く、成功しても再発率が高いために判断に迷うことがありました。しかし慢性腎臓病患者(透析患者を含む)においては、血行再建に関連する周術期合併症のリスクが高いことや、この臨床試験で有益な結果を認めなかったことから、保存的治療が妥当であると日本循環器学会のガイドラインに明記されました。状態が切迫していなければ薬物療法で十分なのです。発作が頻回に出現してきてから、カテーテル検査や治療を考慮しても大丈夫です。

 また今年発表された日本糖尿病学会大規模調査では、血管障害はこの40年で4分の1に減少していました。虚血性心疾患による死亡は糖尿病患者で3・5%、日本人一般で4・9%でした。糖尿病治療の進歩も著しいのです。高血圧治療も飛躍的に薬が良くなりました。40年前のような重度の高血圧の合併症はほとんど見なくなりました。

 薬物療法の進歩には目覚ましいものがあります。もちろん副作用もあります。医師からきちんと説明を受けて必要な薬を処方してもらい定期的なチェックを受けていきましょう。心配なら何でも質問して納得することです。病気におびえることなく毎日を明るく生きていきましょう。