星がまたたく未明の長良川は、立夏を過ぎてもまだ寒い。こぎ出した1艘(そう)の舟が「すば網」と呼ばれるサツキマス狙いの仕掛けに向かう。
「かかっとると、ええけどね」。竿を手にした漁師の松野義行さん(75)=岐阜県瑞穂市=は、半世紀近くサツキマスを取ってきた。すだれ状の竹のさなで流れを抑え、流れに沿って下流側に張った刺し網で捕らえるのが伝統漁法「すば網漁」だ。
海に降りて、サツキの咲く頃に戻るアマゴがサツキマスと呼ばれる。「マスは流れの弱いくろ(端)を来る。けど、どべ(泥)がたまっとるとこは寄ってかへん」。魚の通り道を見極めて網をかければ、「吸い込まれるように入ってくる」
言葉通り、川面から突き出た3本の支柱に近づくと、網に複数の白い影が揺らめいた。ボラやニゴイに交じり、今年はニジマスも。管理釣り場の流出分とみられ、これまでに20匹超。「かかったと思ったら、頭の形が丸いんや」と苦笑する。
長良川近くで育ち、20代で漁を覚えた。サツキマス漁で名をはせた羽島市の故大橋亮一さん・修さん(87)の兄弟の秘訣(ひけつ)に迫ろうと、干してある網を物差しで測り、手本にしたこともある。
舟で下りながら囲い込むよう網を流す「トロ流し網」と夕方に入れた網を翌朝に揚げる「すば網」の2つの漁法で、多い年は200匹以上を取った。だが、漁獲は次第に落ち込み、2020年でトロ流しをやめた。昨年は18匹、今季は18日現在で4匹とかつてない不漁にあえぐ。
「なんもかんも、あかんようになってまった」。松野さんは、1995年に運用を始めた長良川河口堰(ぜき)(三重県桑名市)の影響が大きいと考える。鮎は居着かず、ウナギも消えた。「清流やない。死に川や」。それでも川に通うのは、京都大学生態学研究センターの佐藤拓哉准教授(45)に6年前から年30匹を目標に提供しているからだ。
サンプルの耳石や遺伝子の分析で、生まれた場所や川全体の推定数など神秘のベールに包まれていた生態の全体像の解明が進んだ。放流ではなく、野生由来で辛くも維持されている現状も分かってきた。「まだまだ長良川にはポテンシャルがある。自然産卵を増やすことができれば、再生もあるのでは」と佐藤さんは望みをつなぐ。
11日朝、白銀に輝く37センチのサツキマスがかかった。「きれいやねぇ。いつ見ても気持ちがええ」。この時ばかりは、松野さんの顔がほころんだ。