2005年に廃線となった名鉄岐阜市内線と揖斐線。廃線から19年、その痕跡を歩きながら探します。忠節駅からの揖斐線は、廃線前は黒野駅までの12.7キロの路線。ほぼ中間の美濃北方駅まで来ました。今回は本巣市内の区間を中心に紹介します。線路跡をたどっていると、「過去」と「未来」が交差する地点がありました。

【第28回】揖斐線 又丸駅から美濃北方駅の記事はこちらから 
【第27回】 揖斐線 尻毛橋から又丸駅の記事は こちら から
【第26回】 揖斐線 忠節駅から尻毛橋の記事は こちら から
【第25回】 岐阜市内線 岐阜駅前から忠節駅の記事は こちらから
美濃北方駅から糸貫川に向かう土手=2024年5月

 美濃北方駅の東側で、線路跡は糸貫川の橋に向けて土手を上がります。

糸貫川の橋は撤去されているが、両岸の道路との交差部分は残っていた=2024年5月

 揖斐線の線路跡の南側にある道を通ります。糸貫川を渡ると、本巣市に入ります。揖斐線の橋は撤去されていますが、両岸で道路をまたいでいた部分は残っています。

 ここから数百メートルは、揖斐線は土手を通り、地元では本巣縦貫道と呼ばれる県道と樽見鉄道線を橋でまたいでいました。この部分の土手は、すでに撤去済みです。

樽見鉄道との交差部分。糸貫川から続いていた土手は撤去されていた=2024年5月

 線路跡の北側の道を進みます。道路の標識を見ると「揖斐線通り」の名前。線路はなくなっても、名前は残っています。...