岐阜といえばみそかつですよね。甘辛いみそをサクサクとんかつにかける素晴らしい料理です。筆者はみそかつ絶対主義者です。岐阜はみそかつ王国です!と思っていたのですが、みそ以外でとんかつを食べるお店も岐阜には意外にあります。どういうことなのでしょうか。みそじゃないとんかつを調べてみると、岐阜はとんかつの多様性を認めた、とんかつダイバーシティとも言える状況なのだと分かってきました。3回にわたってリポートします。
みそ以外でどう食べるのか。まずは塩で食べてみましょう。訪れたのは岐阜県北方町にあるその名もずばり「とんかつや」。よっぽど自信がなければ名乗れない店名です。塩で食べるとんかつ、筆者は初めてです。
店内に入ると広いオープンキッチンです。カウンターのみで22席。東京目黒の名店「とんかつ とんき」をイメージしているとのことです。おすしが回らない高級すし店のようです。
「ボーノポークロース定食150g」(2350円)などのメニューがまぶしく光りますが、注目したいのは6種類ある調味料です。岩塩、とんかつソース、ウスターソース、とんかつしょうゆ、みそだれ、みぞれ塩ポン酢。お薦めは岩塩だそう。
さっそく塩でいただきましょう。
・・・うまい。豚肉がうまい。豚肉のうまさを塩が引き立てています。塩がこれほどとんかつの中で存在感を放つとは思いもしませんでした。豚肉というスターを引き立てる名脇役です。
ロースだと脂のおいしさがより前面に、ヒレは豚肉のうまさがより感じられます。「あぁ、この豚は大切に育てられていたんだなぁ」と思います。豚肉と直接コミュニケーションができる感じです。
衣もおいしいです。パン屋に特別に焼いてもらったパンを店内でパン粉に加工しているといい、サクサク感がたまりません。揚げ油はラードと太白ごま油をブレンド。香ばしさが衣から放射されています。
みそかつだと衣はみそがかかります。みその甘辛い味が染みこんだ衣が好きなのですが、塩だと、衣自体のうまさに気付きます。私の中のみそかつ絶対主義がすでに揺らいでいます。
とんかつやを経営する長尾裕貴さん(38)に聞きました。
「みそかつはおいしいと思いますが、お肉を味わうならみそだと強くなりすぎると思います」。
さまざまな銘柄豚を扱いますが、みそでは味の違いが分からなくなるといい、岩塩を勧めます。それでも来店客の半分ほどはみそだれを求めるとか。8年前に先代から店を引き継いだ長尾さんですが、先代が39年前に創業した当時、みそだれは置いてなかったそう。
「この地域にとってみそかつは大切な料理。ただ、みそとは別のおいしさを表現できるのが塩」とこだわります。
塩の次はソースといきましょう。
岐阜市の柳ケ瀬商店街の中にある清楽。この店はソースでとんかつを食べます。
なぜソースなんですか?と聞くと、大将(78)は「うちはみそかつができる前からだから」。
み、みそかつが生まれる前だと・・・? みそかつ絶対主義者には衝撃です。みそかつがない世界が存在したのか・・・。それもそうです。みそかつが生まれたのは戦後と言われています。つまり、清楽はみそかつ誕生前から続く老舗なのです。
創業は1926(昭和元)年、もうすぐ100年になります。3代目の大将は言います。
「とんかつとみそかつは違う料理。とんかつは肉を食べる料理、みそかつは衣を食べる料理」。この道半世紀の大将は「みそかつは昭和40年代から広がったね」と証言します。みそかつなんてものが出てくる前から、うちはやっているんだ、という自負が垣間見えます。
さっそくいただきましょう。ロースとんかつ1100円を頂戴します。
ソースはケチャップベースですが、とてもまろやか。確かにソースの中にケチャップはいますが、主張は控えめです。豚肉は分厚く、衣は薄く固め。歯で衣を割ると、ふわっと豚肉の脂に出会います。ソースに引き立てられ、豚肉がうまい。みそかつとは違う料理、というのに納得します。大将は「絶滅危惧ソース、なんて言われたりするね」と笑います。
大将は団塊の世代。子どものころは食べ物があまりない時代でした。「肉は貴重だった。月1、2回、家で豚こまの入ったカレーが出たけど、あれはおいしかったね」。どの家にも3、4人子どもがいて、学校から帰ると柳ケ瀬で遊びました。通っていた小学校のクラスは50人学級。柳ケ瀬には映画館がいっぱいありました。店には景気の良さそうな繊維関係の社長さんやラウンジに出勤する前のお姉さんが食事に訪れました。
「うまいもんが食いたい。ずっとそう思っていた。飢えた世代だったんやろうね」。お肉は憧れだったそうです。だから今も食べることが大好きだそう。近く大衆食堂巡りを始めようと計画しています。
昭和レトロがブームといいます。店内もそんな雰囲気。そう、昭和レトロなとんかつ、と言ったらいいかもしれません。清楽のとんかつは昭和から続く柳ケ瀬の味そのもの。昭和遺産というものがあれば推薦したいとんかつです。
ここまで来て、思い出しました。「あれ?一楽にはみそかつ以外のかつがあるじゃないか」。そう、岐阜のみそかつの元祖といわれる柳ケ瀬の一楽。そこには「ドビかつ」なるものがあるのです。次回はみそかつ店のデミグラスソースについて探ります。8月1日公開予定です。(馬田泰州)
「とんかつや」 北方町高屋白木1-51 電話058(324)1141
「清楽」 岐阜市日ノ出町1-4、058(262)4784