産婦人科医 今井篤志さん
私たちの体には膨大な数の細菌が生息し、ヒトの正常な機能のみならず疾患の発生に深く関わっています。細菌の種類や分布比率は部位によって異なり、各部位で特徴的な細菌の分布を形成しています。
腸管内や口腔(こうくう)内の細菌分布の乱れは生活習慣病や免疫異常の原因となることは広く知られています。子宮内はこれまで無菌と考えられていましたが、10年ほど前から、正常な子宮内には善玉菌が存在し、雑菌が増えると妊娠や出産の妨げとなることが明らかになってきました。
正常な子宮内の細菌の大部分は乳酸菌の仲間のラクトバチルス菌です。ラクトバチルスにはいくつかの種類があり、腸管内では「善玉菌」として働いています。スペインからの画期的な研究では、体外受精を行った際の子宮内細菌環境と妊娠・出産の成否を比較しました=図=。
ラクトバチルスが子宮内細菌の90%以上を占める女性は妊娠率70・6%、妊娠中に流産や早産などに至らず元気な赤ちゃんに恵まれた率(生児獲得率)が58・8%です。一方、ラクトバチルスの比率が90%未満の女性では妊娠率33・3%、生児獲得率6・7%です。また、妊娠が成立したとしても、流産する率はラクトバチルス90%以上の群では15~20%、ラクトバチルス90%未満では60%に達するという報告もあります。
ラクトバチルス以外の菌はいわゆる「悪玉菌」「日和見(時と場合によって有害、無害または有益な作用をする)菌」として知られている種類がほとんどです。健康な子宮内細菌分布が崩れ、これらの菌が増加すると、子宮内膜の炎症(子宮内膜炎)を引き起こします。子宮内炎症は、過剰な免疫反応によって着床(受精卵が子宮内膜に定着すること)の阻害、受精卵の排除や、妊娠の中断つまり流産につながると考えられています。
ラクトバチルスは健康な膣内にも常在しています。乳酸菌の仲間ですので、膣(ちつ)内を酸性環境に保ちます。細菌性膣炎や性感染症を予防しています。ストレスや免疫力低下あるいは不要な抗菌剤使用によって、ラクトバチルスの働きが低下すると、子宮内にも波及し子宮内細菌分布の乱れにより妊娠率の低下につながるのかもしれません。
近年、ラクトバチルスの中でも妊娠成立に関連する有力なタイプが同定されました(ラクトバチルス・クリスパタス)。子宮内細菌分布の検査は、子宮内膜や内腔(ないくう)液を採取し細菌の遺伝子分析で行いますので、ラクトバチルスの割合だけでなくどの種類のラクトバチルスが多いのかを検出できます。いまだ保険が適用されませんが、先進医療として厚生労働省が一定の施設基準を設定し、施設基準に該当する保険医療機関は届け出により保険診療との併用ができます。
ラクトバチルスの仲間内の役割分担はまだ未解決の面が多いのですが、この分野は急速に新知見が得られています。期待しましょう。