芥川龍之介の名作「羅生門」。高校の国語の教科書に載っている、日本人なら誰でも知っている小説ですが、実は外国にルーツのある生徒にとっては大きな壁の一つとなっています。独特な漢字や平安時代の文化が難しく、外国籍生徒が高校を退学するきっかけになる、との指摘があるほどです。そんな「羅生門」に東濃高校(岐阜県御嵩町御嵩)の外国籍生徒たちが挑みました。フィリピンやブラジルなどにルーツのある生徒たちはどう読んだのでしょう。
無料クイズで毎日脳トレ!入口はこちら◆平安時代の京都が舞台
「羅生門」のあらすじを簡単に振り返ってみましょう。
地震や飢饉などで荒廃した平安京。羅生門で、仕事を失った下人は死んだ女性の髪を抜く老婆と出会います。老婆はかつらを作る、飢え死にしないためだ、と言います。下人は「ではおれが引剥(ひはぎ、追いはぎのこと)をしようとも恨むまいな。おれもそうしなければ、飢え死にをする体なのだ」と言って老婆の着物を奪い取ります。平安時代末期に成立したとされる「今昔物語集」がベースです。
12月中旬、外国にルーツのある1年生が集まったクラスで公開授業がありました。生徒たちが発表します。「下人が仕事をクビになって羅生門に行き、老婆と会う話です」「下人の行動からは、人間の気持ちや考え方は状況によって変わることが分かります」。それぞれ自分の言葉で考えを、もちろん日本語で発表していきます。
モラレス・テンシ君(16)は2023年3月にフィリピン・ダバオから来日しました。「漢字は難しかったですが、調べると分かりました。キャラクターが現実的で、状況もリアル。面白かったです」と感想を話してくれました。
同じくフィリピンから同年来日したスニエガ・ジョルジーナさん(16)は「下人は新しく仕事を探せばいいのに。(死者から髪をぬいてかつらを作ろうとする)老婆は生きるために悪いことをしている。でも、悪いと誰が決めるのかな」と話してくれました。読み込んだことがうかがえました。
教科書には難しい漢字にルビが振ってあり、羅生門などのイラストも載っています。加えて独自のプリントを用意し、生徒たちは読んできました。
授業を担当した加島和貴先生(41)は「文学は言葉の壁を越える」と振り返ります。生徒たちは先の展開を知りたがったそうです。「読んで自分の考え方を深めて、それを表現することができた」と生徒たちの努力をたたえました。
◆必ず履修しなければならない科目
そもそもなぜ羅生門なのでしょう。
「羅生門」を学ぶ授業は国語の中の「言語文化」という科目です。「言語文化」は必ず履修しなければいけません。しかし、「市女笠(いちめがさ)」や「揉烏帽子(もみえぼし)」といった漢字や平安文化につまずく外国籍の生徒がいるといいます。「言語文化」の単位が取れないと卒業できません。日本人の生徒でも十分理解できないことがあるといい、外国籍の生徒には「羅生門」のハードルは高いのです。東濃高校の生徒たちはそれに挑んだのです(「羅生門」が掲載されていない教科書もあります)。
◆生徒の6割が外国にルーツ
東濃高校は外国籍の生徒が多い学校です。全校生徒329人のうち、約6割に当たる190人が外国にルーツがあります。190人のうち、フィリピンにルーツのある生徒が6割、ブラジルが2割、ウガンダやネパールからの生徒もいます。
日本語指導が必要な生徒には従来、簡単な小学1年生の教科書などを教材にすることがありました。しかし、学ぶのは高校生。母国ではちゃんと教育を受けている生徒たちにはマッチしていませんでした。そのため、日本語能力が伸びない生徒が目立ったといいます。関係者は「目線が合ってなかった」といいます。
変わったのは2022年度。文科省の委託事業を受けた東京外国語大学の協力で日本語指導を強化しました。日本語と、その生徒が一番よく分かる外国語による「二言語作文」や自分のレベルにあったさまざまなジャンルの本を多く読む「多読活動」。生徒の興味や関心を生かそうとラップを作る授業もしました。生徒たち一人一人の日本語と母語の力を把握し、より丁寧に教えるようになりました。それぞれと目線を合わせようとしたのです。
東濃高校の日本語指導をサポートした東京外大多言語多文化共生センター長の小島祥美准教授は長年にわたり、岐阜県内の外国籍の子どもたちを支援し、実態を調べています。
「日本語は上手だけど、授業が分からない生徒もいました」と小島さん。「羅生門」を読むことで、生徒たちは日本語で登場人物の気持ちや行動を考え、それを他の人に伝える能力を育てることができました。言葉を育てながら、能力を伸ばせたのです。
「日本語ができない、イコール、勉強ができない、ではありません」と小島さん。一人一人の成長をよく観察し、適切な指導があれば学びは深まっていくといいます。「生徒たちの能力をリスペクトすることがとても大事です」と強調しました。(取材・文 馬田泰州)