2005年3月31日限りで廃線となった名鉄美濃町線。間もなく廃線から20年を迎えます。昨年の初夏に紹介した岐阜市内・揖斐線に続き、岐阜市と関市を結んでいた美濃町線の跡を探します。関市内の新関-小屋名駅間は、幹線道路に沿った線路跡が道路にのみ込まれていました。

新関駅跡は、駅前にあったバスターミナルも含め住宅地に変わっていて、跡は残っていません。
新関駅を出て岐阜方面へ向かう線路跡は、駐車場などに転用されていました。しばらくすると線路跡は大きな通りに出ます。

現在の地図と昭和50年代前半の地図を並べました。「今昔マップ on the web」(https://ktgis.net/kjmapw/index.html)を使っています。
美濃町線の電車が走っていた頃は、国道の横に線路が通っていました。さらにその隣には側道もありました。

廃線後に、このあたりの線路跡は道路の一部となりました。車道は片側1車線のままですが、歩道は歩行者と自転車の通行帯が車道の両側に設けられ、広くなっています。かつて国道だった道は、市街地を避けるバイパスが開通したことで県道になりました。

関市の市街地を離れ、東海北陸道の高架橋をくぐった先に新田駅。ホームが一つだけある駅でした。

そこから1・1キロ東に進むと赤土坂駅がありました。こちらはホームの両側に線路があり、電車がすれ違うことができました。新田、赤土坂の両駅とも、...