1959年6月、プロ野球初の天覧試合の阪神戦で、サヨナラ本塁打を放つ巨人の長嶋茂雄選手=後楽園球場

 戦後最大のヒーローは「燃える男」として時代を駆け抜けた。長嶋茂雄さんは20世紀後半の日本において、スポーツの枠を超えたカリスマだった。

 デビュー戦での4打席連続三振、天覧試合でのサヨナラ本塁打、ベースを踏み忘れた幻のアーチ…。高度成長期に現れたスーパースターの勝負強い打撃、派手なパフォーマンスは、野球を知る人にも、知らない人にも活力を与えた。

 1974年10月14日、夕闇の後楽園球場。「私は今日、引退をいたしますが、わが巨人軍は永久に不滅です」。石油ショックの影響で日本経済に陰りが見えたこの年、巨人は10連覇を逃し、背番号3もバットを置いた。

 監督1年目の75年は球団史上初の最下位となり、80年に解任された時は「男としてけじめをつけたい」と語った。球界の外で多方面に活動した「充電期間」を経て93年に監督に復帰し、念願の日本一も経験した。グラウンドを離れても「太陽」に例えられた天真らんまんな性格と発言で、ファンの心を捉えて離さなかった。時代を象徴し続けた文句なしの「国民的ヒーロー」だった。