
オグリキャップの聖地である笠松競馬場。1991年1月には引退セレモニーでファンらが別れを惜しんだ(笠松競馬場提供)
「オグリキャップがデビューした聖地をつぶすな」と立ち上がった全国の競馬ファンたちの熱い思いは届くのか。経営難で90%以上は廃止に傾いていたが「存廃のサバイバルレース」は第4コーナーを回って、最後の直線も残り100メートル。現場のホースマンたちは補償金をもらって笠松競馬場に別れを告げるのか、さらに厳しい生活になっても競馬を続けたいのか。激震が走り大揺れした2004~05年、「笠松競馬、存続へ光を求めて」シリーズの5回目をお届けする。
05年を迎えて、笠松競馬の新年度予算編成は果たして行われるのか。存続か廃止かを巡って岐阜県と笠松・岐南町の2町、厩舎関係者、ライブドアなど民間の動きも活発化。主催者による最終結論まで残り1カ月を切っていた。存続には現場の騎手、調教師、厩務員らの団結力が必要となった。
現場の動きはどうだったのか。調教師の奥さんらが立ち上げた笠松愛馬会や全国のファン有志による存続運動は熱が入っていたが、騎手や調教師たちは日々の攻め馬やレースに追われ、存続への足並みはそろっていなかった。

東海ゴールドカップで熱戦を繰り広げる笠松競馬場。2004~05年には存廃問題で大揺れとなった
■各団体の動きを一体化、存続委員会が決起集会
それでもようやく重い腰を上げた。1月14日、笠松競馬存続委員会の決起集会が円城寺厩舎の厩務員会館で開かれた。「えっ、存廃の結論まであと2週間ほどに迫っているのに。これまで一致団結した存続運動はやっていなかったんだ」と改めて現場の動きの鈍さを痛感した。やはり「経営が先細りになるくらいなら、廃止に伴う補償金をもらって笠松から去ってもいい」という人がある程度いたということか。「速やかに競馬事業を廃止すべき」とした第三者委員会の中間報告から既に4カ月。残されたわずかな時間で「一枚岩」となって存続を勝ち取ることはできるのか。
■「度重なる賃金カットにも我慢してきた」
注目された存続委員会の決起集会には、騎手や調教師、厩務員、笠松愛馬会などから約150人が参加。県調騎会の山下清春会長が「笠松競馬存続に向けた各団体の動きを一体化するため、存続委員会を立ち上げた」と協力を呼び掛けた。岩崎幸紀存続委代表は「これまでも各団体が必死の思いで動いてきた。主催者主体の競馬運営だけでなく、皆さんやファンの意見をもっと取り入れた運営にするべき。存続に向けて諦めることなく、新しい競馬場づくりを目指そう」と呼び掛けた。厩務員らも「度重なる賃金カットにも我慢して頑張ってきた」と窮状を訴えた。
■北海道の競走馬生産者「赤字補てんや公益法人加盟」に前向き
自治体と各種団体による公益法人設立を模索する動きも活発化。広江正明笠松町長と片桐博彰岐南町長が北海道を訪れ、競走馬生産者らと面談した。三石町で競走馬を生産する男性会社員や日本軽種馬協会員は、全業務の段階的な民間委託を条件に「赤字補てんや公益法人の加盟」に前向きな姿勢を示した。東京の番組制作会社も業務の受託で民間参入に意欲を見せた。

「ライブドアが参入しても、笠松競馬は存続することはできない」と結論が出された新聞記事(2005年1月20日付・岐阜新聞1面)
■ライブドア「赤字分は補てんせず」対策委「参入しても笠松競馬存続できず」
「競馬事業の経営赤字に税金は投入しない。県民の理解を得られないから」と競馬組合構成団体(岐阜県、笠松町、岐南町)の強い姿勢に、ライブドア側の参入案はトーンダウン。「馬券のネット販売ではサポートするが、赤字分は補てんしない」との意向を笠松競馬対策員会に示した。
このため民間参入の在り方を検証していた対策委は「ライブドアが参入しても、笠松競馬は存続することはできない」とする結論を出した。存続は極めて難しい状況になった。笠松競馬は実質単年度収支で11年連続の赤字が続き、04年度も約7億円の赤字となる見通し。馬券販売額は対前年度比74%、入場者数は同85%に減少。58億6900万円もあった基金は取り崩して食いつぶされ、3月開催までに底をつく事態になっていた。バブル経済崩壊後の赤字続きに対して速やかに手を打ってこなかった「お役所競馬による放漫経営」こそが廃止論を加速させていた。
■存続委「赤字を企業が受け入れる訳がない。もっと知恵を出し合って」
「ライブドアなど参入企業が赤字補てんをしなければ、存続できない」という結論に対して、調教師らが立ち上げた笠松競馬存続委員会は県庁で会見を開き、構成団体に引き続き存続を求めていく姿勢を示した。

県庁で「引き続き存続を求めていく」と方針を語る笠松競馬存続委員会の岩崎幸紀代表(左から2人目)
存廃の行方を左右する対策委員会の議論を見守りたいと、県庁に存続委メンバーら約10人が詰め掛けたが、出された結論に「廃止ありきのような内容だ」とため息をつき、悔し涙を流す人もいた。岩崎代表は「赤字補てんを前提に民間参入を認めるという都合のよい条件を、企業が受け入れる訳がない。もっと知恵を出し合って、存続につながる実りある協議にならなかったのか」と納得できない様子。今後も構成自治体に存続を要望する方針を語り「負けずに頑張っていく」と決意を表明した。
存続の署名活動などを展開してきた笠松愛馬会の後藤美千代さんは「大幅な経営改善に民間参入は不可欠。せっかくのチャンスがつぶれてしまった」と唇をかみ、ほかのメンバーからは「約千人が働く笠松競馬を廃止にすれば、経済効果も地元の活気もなくなる。地域のことを考えてほしい」などの声が聞かれた。
■名古屋は累積赤字40憶円でも継続、笠松は「赤字でないのに廃止」なぜ
ところで「赤字に税金は投入しない」という主催者側のスタンスは正論ではあるが、04年4月の時点で5億5500万円の基金があったし、9月の中間報告の時点で笠松競馬は赤字でもなかった。全国の地方競馬に目を向ければ、名古屋競馬が約40億円の累積赤字を抱えていたし、高知や岩手なども赤字経営に苦しんでいた。
バブル後、地方競馬を取り巻く環境は厳しさを増した。膨らむ赤字額にも、名古屋や高知の主催者は理解を示し、支援の手を差し伸べていた。競馬はギャンブルというだけでなく、アスリートたちの戦いでもある。農耕社会からの長い歴史の中で、人と馬の文化的な関わりもあり、草競馬などが生まれた。生き残った競馬場は、主催者が現場で働く人たちの悲痛な思いを理解し、赤字額が膨らんでも存続をサポートしてきたのだ。
一方、笠松競馬はどうか。かつては244億円もの収益を県や町に納付し、災害復旧や県民の生活を潤し地方財政に寄与してきた。地元住民らの雇用にも大きく貢献してきた。それなのになぜ「赤字転落=即廃止」という非情な図式になるのか。やはりこれは競馬場の全敷地31万平方メートルの大半が借地であり、地権者への借地料が最低でも年間1億7000万円(固定資産税分)は必要であること。県知事のバトンタッチのタイミングでもあり、新知事に「負の遺産」となる競馬事業を引き継がせたくなかったことも大きかったのでは。

串カツや唐揚げなどを求めて、にぎわう笠松競馬場内の飲食店。ご当地グルメはおいしいと評判で、ファンの楽しみでもある
■愛馬会に「知事らに存続を直訴するべき」と提案
2月初めの存廃決着まで2週間ほどになった。一連の存続活動に手を尽くし、厳しい状況に心を痛められた愛馬会の後藤美千代さんから「存続のため、あとは何をしたらいいですか」と電話があった。個人的には、未来につなげる集いや存続委員会の決起集会もいいけど、その日だけの存続イベントで終わってしまい、主催者側に訴えは届かないと感じていた。そこで「県庁に乗り込んで、知事らに存続を直訴するべき」などと提案した。その後、愛馬会メンバーは県庁に出向き、厩舎関係者らの厳しい生活状況と共に、存続への熱い思いを強く訴えたようだ。
■「銀の夢」の渡瀬夏彦さんに「存続できる、つぶせないと思いますよ」
存廃の最終結論へのタイムリミット(1週間後)が迫っていた1月末、後藤さんの紹介で、作家の渡瀬夏彦さんと会う機会があった。「銀の夢 オグリキャップに賭けた人々」の著者で、JRA賞馬事文化賞などを受賞されていた。存続問題では週刊競馬ブックに「地方競馬その未来のために 笠松編」を連載されていた。
笠松競馬場内のカフェで待ち合わせ、大詰めとなった存廃問題について話し込んだ。渡瀬さんからは「存廃の見通しはどうか。地元新聞社として、存続を後押しする記事を書いてほしい」といった要望もあった。そこでズバリ「何とか存続できると思いますよ」と答えた。
「オグリキャップ像も見守っている聖地をつぶすことはできない」といった妙な自信があった。
先行きは見えないが、笠松、岐南両町の町長さんの熱意がすごいし、現場が経営合理化案を受け入れれば存続は可能だと感じていた。廃止にするにしても巨額の補償費などが必要だった。雇用面での両町への影響は大きく、家族を含めれば3000人規模の町民らの生活の糧を奪うことになる。予算編成が迫り、廃止も容易なことではなかった。渡瀬さんの記事では「存続のためには現場の人たちのまとまりが不可欠で、スクラムを組んで『未来』をその手で勝ち取ってほしい」と呼び掛け。オグリキャップへの熱い思いと共に存続への願いを強く訴えていた。

フェブラリーS4着など、笠松競馬をけん引したミツアキタービン
当時の笠松ではミツアキタービン(東川公則騎手)が強く、中央のフェブラリーS4着に続き、ダイオライト記念、オグリキャップ記念でダートグレードを連覇。スターホースとして先頭に立って笠松競馬をけん引していた。
■レース賞金や手当の大幅カットで経営合理化案
ライブドアなどの民間参入では笠松競馬は存続できない。それではどうすればいいのか。あとは自力で経営改善を図るしか道は残されていなかった。年間約7億円の赤字額を縮減するため、最後の選択肢として、レース賞金や手当の大幅カットなどの経営合理化案受け入れを、馬主さんをはじめ厩舎関係者にお願いするしかなかった。
経営合理化案ではまず笠松、岐南町の町長は競馬場用地の地権者に借地料引き下げの協力を求めた。地権者側は新年度に限って引き下げを了承した。県と2町は、北海道の競走馬生産者との公益法人設立に向けて総額約7億円の歳出削減を目標に合理化案を作成中で、借地料の引き下げはその一環。人件費やレース賞金・手当の減額案などにも着手した。
現場には「生活がより苦しくなって死活問題になっても、競馬を続けたいのか」が問われたが、笠松のホースマンたちには、最後まで諦めない「オグリキャップ精神」があった。暗闇の先に差し込んでくる光があると信じて、どん底からはい上がる覚悟があった。

オグリキャップ記念で競り合うミツアキサイレンスとタワリングドリーム
■新知事決まりファンら「存続は切実な願い」、騎手「安心して暮らせるように」
この頃、競馬場内外での動きも慌ただしかった。1月23日は県知事選の投票日で、岐阜県政の新しいリーダーが決まった。4期務めた梶原拓知事から古田肇氏にバトンが渡ることになった。存廃に揺れる笠松競馬場では23日はレース開催日で、投票を済ませた競馬関係者やファンからは「競馬場存続が新知事に対する切実な願い」といった声が聞かれた。
騎手の山崎真輝さんは「われわれが安心して暮らせるようにしてほしい」と期待を込めた。存続を求める声が上がる一方、町民からは「できれば存続してもらいたいが、税金の投入や負担増になるなら、廃止も仕方ないのでは」「新たな地域の活性化策を検討していくことも大切」という声も聞かれた。

桜並木と名鉄電車ををバックに、人馬の攻防は迫力満点
■名鉄東笠松駅は廃止「町が寂れていくのは悲しい」
利用客の減少により、名鉄東笠松駅は1月28日で廃止となった。長年、地域に密着してきたが、沿線住民からは残念がる声が聞かれ、別れを惜しむ鉄道ファンの姿も見られた。1日の利用客数は約110人と落ち込んでいた。東笠松駅は笠松競馬場と笠松みなと公園に隣接。駅舎と電車をカメラに収め、名残を惜しみ、町内のお年寄りは「町が寂れていくのは悲しい」と肩を落とした。広島県福山市から来た若者は「駅の廃止は地域にとっても損失。笠松競馬への影響はないのだろうか」と心配していた。
■7億円の経費削減、首長三者協議で存廃を最終判断
笠松競馬の存廃を判断する県と笠松町、岐南町の首長による三者協議が1月31日、県庁で開かれ、約7億円の経費削減を盛り込んだ県と2町提案の競馬事業の合理化案を審議した。
協議では、合理化しても経営の収支均衡が難しいことから、北海道の競走馬生産者に公益法人設立への協力を求めるとともに、新たな馬券売り上げ振興策を探ることとし、存廃の結論は持ち越した。
合理化案は人件費の削減や賞金の削減、借地料の引き下げなどで約7億円の経費削減を試算したもの。騎手や厩舎関係者は「競馬を続けたい」という思いが強く、減額に応じていた。梶原知事と2町長は関係者の努力は認めたが、馬券販売が年々減少の見通しのため、「売り上げが伸びなくては収支均衡は取れない」との考えで一致。新たな売り上げ振興策として、ライブドアに馬券のネット販売事業を受託する意向があるかを打診することにした。
ライブドアはネット販売の業務受託に積極的な姿勢を示した。赤字が出た際の資金援助は北海道の競走馬生産者に求めていく。笠松競馬の存廃を判断する三者協議は2月3日に開かれ「存続か、それとも廃止か」の結論が出されることになった。
テレビの深夜放送では「オグリコールをもう一度~廃止か存続か 岐阜・笠松競馬~」の特番があった。愛馬会のメンバーも登場し存続を願い、電車の中で涙を流すシーンは印象的だった。
☆ファンの声を募集
競馬コラム「オグリの里」への感想や要望などをお寄せください。 騎手や競走馬への応援の声などもお願いします。コラムで紹介していきます。
(筆者・ハヤヒデ)電子メール ogurinosato38hayahide@gmail.com までお願いします。
☆最新刊「オグリの里4挑戦編」も好評発売中
「1聖地編」「2新風編」「3熱狂編」に続く第4弾「挑戦編」では、笠松の人馬の全国、中央、海外への挑戦を追った。巻頭で「シンデレラグレイ賞でウマ娘ファン感激」、続いて「地方馬の中央初Vは、笠松の馬だった」を特集。
林秀行(ハヤヒデ)著、A5判カラー、196ページ、1500円(税込み)。岐阜新聞社発行。笠松競馬場内・丸金食堂、ふらっと笠松(名鉄笠松駅)、ホース・ファクトリー(ネットショップ)、酒の浪漫亭(同)、岐阜市内・近郊の書店、岐阜新聞社出版室などで発売。岐阜県笠松町のふるさと納税・返礼品にも。