
存廃問題などで揺れた笠松競馬場内で、風雪に耐えてファンを迎え入れてきたオグリキャップ像
馬場改修後のレース再開で「笠松競馬、存続へ光を求めて」の連載は中断していたが、存続・復興は永遠のテーマであり、随時掲載していきます。21世紀初頭、全国の地方競馬がバタバタと廃止に追い込まれた中、笠松競馬はどうして生き残ることができたのか。当時の現場を取材した一人として、改めて検証したい。
2004年11月30日、「笠松競馬廃止」が最終結論となるかもしれない運命の一日を迎えていた。県庁議会棟で「笠松競馬経営問題検討委員会」が開かれ、存廃の判断材料となる最終報告書がまとめられた。
「オグリキャップを生んだ笠松の灯を消すな」と全国のファンらも支援の輪を広げた。馬券販売は低迷し、90%以上「廃止」に傾いていたが、競馬場正門近くで長年の風雪に耐えてきたオグリキャップ像の存在感は大きかった。「笠松競馬のシンボル」であり、永続の守り神となって関係者を勇気づけてくれた。
存廃の行方を決定づける第3回検討委が開かれ、経営診断専門家、経済界重鎮や県民代表からなる委員25人が出席した。県内の有識者ではあるが、笠松競馬については詳しくない人も多い印象。報道機関から地元新聞社2紙の幹部3人も含まれていた。ライブドア関係者、笠松競馬の調教師ら、存続を支援する愛馬会メンバーらも駆け付け、動向を見守った。
■「赤字でもないのに、なぜ廃止を急ごうとするのか」
当時、マスコミは笠松競馬存続を訴える厩舎関係者、ファンらの声を取り上げ始めていた。やはり「まだ赤字でもないのに、なぜ廃止を急ごうとするのか」という意見が多かった。経営改善へのアイデア不足で思い切った経費削減策はできず。基金をも食い尽くす『お役所競馬』の頼りなさをみんな感じていた。

大勢のファンが笠松競馬場のスタンドを埋め尽くし、年末の大一番として盛り上がる東海ゴールドカップ
この日の最終報告で事実上「笠松競馬場廃止」が決定するかもしれない重大な局面を迎えていた。検討委メンバーの審議内容などを、最初はドア越しに聞いていた。まず「1993年度から11年連続で実質単年度収支が赤字となり、基金残高は5億5500万円にまで減少。本年度も馬券販売額が大きく減少しており、運営資金の確保が喫緊の課題」と現状が報告された。
■次々と廃止意見、存続派は全国公営競馬関係者ただ一人
厳しい経営状況から、このままでは年度末には基金も底をつき、赤字化が必至となる見通し。資料として配布された「報告書(案)」に沿って、メンバーから次々と廃止を求める意見が述べられた。ドア越しから漏れ聞こえてくる声は「経営的に極めて厳しく、廃止を求める」といったトーン。存続派の意見はなかなか聞こえてこず、やはり「廃止ありき」の検討委で失望させられた。
最終的に存続派は全国公営競馬主催者協議会のメンバー1人だけだった。これまで地方財政への寄与など笠松競馬が果たしてきた役割について訴えたが、孤軍奮闘の様相だった。
■「はっきりと『廃止』を最終結論としろ」と迫る検討委メンバー
数の力で廃止をごり押しする形となり、やはり最悪の事態を覚悟させられた。興奮した委員の1人が最後に声を荒げて「はっきりと『廃止』を最終結論としろ」と強く迫った。県側から検討委への丸投げを、そっくり県側に投げ返しただけというお粗末な幕切れとなった。報道機関の3人は「社会の公器」として中立の立場にすると、「存続派1人に対して廃止派21人」。スコア「1対21」といった構図になった。数の力で限りなく廃止に近かった。高校野球なら大差でコールドゲームになるような力関係だった。
途中からは関係者に促されて中に入って傍聴した。検討委は「廃止で異議なし。ハイッ、晴れてお開き」となった。この時点では「廃止」の結論付けが決定的となった。存続派にとっては絶望的な状況になったが、まだ諦めてはいけない。笠松競馬参入に意欲を示す堀江貴文ライブドア社長ら関係者の提案に望みを託し、現場の底力による「9回裏の大逆転」を祈っていた。

2004年11月、笠松競馬参入に意欲を示す堀江貴文ライブドア社長(右)と握手を交わす梶原拓知事=岐阜県東京事務所
■ライブドアは公益法人化で馬券のネット販売に意欲
ここからは第2幕。IT関連企業のライブドアと県側との話し合いがどうなるのか。「赤字も全部持つ」と明言すれば、競馬事業参入を認めてくれそうではあった。ライブドアの担当者も来場し「笠松参入の提案書」を県側に提示した。その内容はこれまでの笠松競馬の経営状況が示されただけで目新しいものはなかった。抜本的な改善案は具体的に示されておらず。関係者には失望感も広がった。
ただインターネットによる馬券販売については提案があった。手数料は「5%程度」とされ、近年ネット販売の「10%超」に比べ低率だった。競走馬ホリエモンの馬主でもある堀江社長は、競馬のネット事業参入にも乗り気だったのだ。
当時、馬券のネット販売は「D-net」があった。堀江社長は「地方競馬は情報量が少なすぎる。ネットでの馬券販売では出走表を充実させて、ライブ映像を配信したい」と競馬ファン獲得に意欲。岐阜県東京事務所で梶原拓県知事とも面談し、笠松競馬のレベルの高さを評価し、黒字転換に自信を示していた。
ライブドア側は笠松競馬への経営参入について、県などと共同で公益法人を設立する意向を明らかにした。赤字が発生した際の負担や具体的な馬券販売方法については明示しなかったが、経営参入には意欲を示した。
■マスコミの論調は存続派に好意的
検討委の報告書(案)は参考資料として事前に用意されていたが、笠松競馬問題は岐阜県特有の体質とも大きく関係していたように感じた。昭和の時代から自民王国で「はこもの行政」。長良川河口堰や徳山ダムの建設・運用では、国やトップが一度決めたことは止められず、そのまま「行った行った」だった。
笠松競馬の存廃問題も中間報告で「速やかに廃止すべき」とした以上、その流れを簡単には止められないが、マスコミの論調は存続派に好意的になっていた。何かもう一押しほしいところで、存続を願う現場の関係者が足並みをそろえ、チームワークで対抗することが一番だと感じていた。

「県に『廃止』答申へ」とした検討委最終報告を伝える記事=2004年12月1日付・岐阜新聞1面
■最終報告も「自立的経営が困難で、競馬事業は速やかに廃止すべき」
この日の検討委は再び「地方財政に貢献できず、自立的経営が困難で、競馬事業は速やかに廃止すべき」といった最終報告を提言した。「抜本的振興策については、競馬事業を継続し収益確保の見通しがない以上、新たな投資はすべきでない。経営改善策については、効果が限界に達しており、新たな実施による効果は期待できない」という厳しい内容だった。
■「民間企業の参入と東海競馬の再生構想があれば検討すべき」の付記
ただ、ライブドアが笠松競馬参入の意向を示していたほか、NAR(地方競馬全国協会)が名古屋競馬と一体化した再生案「東海競馬」構想を打ち出していた。最終報告には「民間企業の参入や地方競馬全国協会から提案される予定である『東海競馬の再生構想(案)』については、具体案が示された場合、主催者及び構成団体が責任を持って検討すべき」という付記事項が明記されていた。
検討委の会合では提言などなかった内容で「何だこれは」となった。どうやら県サイドが報告書で「廃止」へのとどめを刺すことはなく、ライブドアの参入や東海ブロック化への道筋を残してくれたのだ。一時は廃止を覚悟させられた関係者にとっては「真っ暗闇に一条の光」が差し込んできた。知事とライブドア側のトップ会談もあったことで、存続の可能性を探ることになったのだ。

検討委最終報告で速やかな廃止を求めた笠松競馬への「提言」と、民間企業の参入などを検討すべきとした「付記」
厩舎関係者はこれを歓迎。ライブドアと県側との協議の進展に期待を寄せる声が相次いだ。岐阜新聞1面では「県に『廃止』答申へ 検討委最終報告 『民間参入検討』付記」の見出しで記事を掲載した。ここでは存続を願う筆者ハヤヒデが、社会面トップに出稿したサイド記事を改めて紹介する。
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■「背水の笠松 望みつなぐ、存続へ…残された民間参入の道」
笠松競馬経営問題検討委員会がまとめた最終報告について、県調騎会など厩舎関係者は、「廃止すべき」とした厳しい内容は「予想通りだった」としながら、付記事項として「民間企業の参入などについては、具体的な提案がされた段階で主催者(岐阜県地方競馬組合)などが責任を持って検討すべき」と明記されたことを歓迎。参入支援の意向を示しているIT関連企業ライブドアと県側との協議の進展に期待を寄せる声が相次いだ。
県庁議会棟ロビーに詰め掛けた厩舎関係者らのうち、県調騎会の山下清春会長は「廃止に向けた検討委のようにも感じていたが、民間参入の道筋が残されたことで望みがつながった。ぜひとも存続させていただきたい」と期待感を込めた。
県政記者クラブので会見では、井上孝彦調教師が「これで前へ進む目標ができた。ライブドアは『やる気』がある。今後は参入に向けた動きをスピードアップしてほしい」と存続への思いを訴えた。
署名活動で笠松競馬の存続を求めてきた騎手や調教師らの家族でつくる笠松愛馬会の後藤美千代代表は「9月の中間報告後は、馬も入厩しなくなって困った。今は前向きに考えて『公益法人化で参入』というライブドアが早く来てくれることを待つしかない」と望んだ。
■町長2人も「存続に向けて最大限努力」
報告書の付記事項について、競走馬の獣医師今井田和也さんは「検討委は県側に『あとは結論を出してください』と(ボールを)投げ返した形。今後、民間参入などをどの程度考慮してもらえるのか、県側の判断次第」と話した。
11月16日の梶原拓知事と堀江貴文ライブドア社長の面談に立ち会った同競馬の馬主によると「公営法人化を要望しているライブドア側は『コスト面に関することも任せてもらえれば、間違いなく黒字化できる』と話している。一緒にやる気があるかどうかでは」と県側の意欲を期待した。
羽島郡笠松町の広江正明町長と岐南町の伏屋征勝町長は「町財政への貢献を考えれば、最終報告の内容は残念だが、民間参入や東海競馬の付記もある。今後の存続に向けて最大限努力していく」などと話した。

「背水の笠松、望みつなぐ」「存続へ…残された民間参入の道」を伝える記事=2004年12月1日付・岐阜新聞社会面
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■存続へ、最後は「現場の底力」
「東海競馬」構想については、全国地方競馬協会が「経営難にあえぐ笠松、名古屋競馬を東海ブロックとして一体化した再生案」を打ち出しており、経費を削減し黒字化につながるのではという期待感もあった。
県知事による存廃の最終判断は翌年2月初めとみられた。一部の関係者からは「廃止になって補償金をもらった方がいい」という声もあった。それでも「競馬関係以外の仕事は知らない」と生活を奪われる危機感から、現場の大半の人たちは存続を願っていた。
公益法人化による民間参入の道は開かれるのか。ライブドアは赤字解消に向けた経営に具体的なアイデアを提案できるのか。流動的で先が見えない状況が続き、最後は「現場の底力」が大切となる。赤字化回避には更なる厳しい経費削減策を受け入れる必要もあった。笠松競馬に関わる全てのホースマンが足並みをそろえ、存続のゴールインを勝ち取るため、一丸となっていった。(次回に続く)
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(筆者・ハヤヒデ)電子メール ogurinosato38hayahide@gmail.com までお願いします。
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「1聖地編」「2新風編」「3熱狂編」に続く第4弾「挑戦編」では、笠松の人馬の全国、中央、海外への挑戦を追った。巻頭で「シンデレラグレイ賞でウマ娘ファン感激」、続いて「地方馬の中央初Vは、笠松の馬だった」を特集。
林秀行(ハヤヒデ)著、A5判カラー、196ページ、1500円(税込み)。岐阜新聞社発行。笠松競馬場内・丸金食堂、ふらっと笠松(名鉄笠松駅)、ホース・ファクトリー(ネットショップ)、酒の浪漫亭(同)、岐阜市内・近郊の書店、岐阜新聞社出版室などで発売。岐阜県笠松町のふるさと納税・返礼品にも。