おじさんには、おじさんの食べたいものがある。「俺たちの岐阜メシ」は、岐阜市在住の食通・山本慎一郎さん(山本佐太郎商店社長)が、年間300日以上の外食生活で出会った“リアル岐阜メシ”を語る連載企画です。第6回は岐阜の料理界に大きな影響を与えた、名料理人・服部健一さんの足跡をたどります。食と音楽、映画や読書を愛した人だったといいます。(原則月1回掲載。岐阜新聞デジタル独自記事です)
令和7年10月30日、服部健一さんが78歳で亡くなった。とんかつや(本巣郡北方町)、ふくだや(岐阜市東栄町)の創業者である。
服部健一さんは柳ケ瀬の割烹小柳で育ち、都内紀尾井町福田家で日本料理を学んだ。柳ケ瀬が華やかな時代に割烹小柳を売却、資金を得て屋久島に渡り、アイアンマンレースに携わった。
富山で偶然に立ち寄ったとんかつや(現・新とんかつ総曲輪店)に感動して弟子入り。1991年、とんかつやの開業に至る。
◆「料理人にとって調理場は舞台」
とんかつやは一枚板のL字型のカウンター22席。無垢のヒノキ造りである。後に目黒の「とんき」を参考に設計されたと知る。適度な緊張感のある料理人との距離。「料理人にとって調理場は舞台。舞台に立つようにとんかつを調理する」と言われていた。
席数は目配りのできる最大値で決める。...









