この連載が始まってからは、もしかすると初めてかもしれません。先日、岐阜に帰省しました。
今回は、大学生の娘との二人旅です。
といっても、何か大きな目的があったわけではありません。娘の夏休みを利用して、私の両親と少しゆっくり過ごしてもらおうというのが一番の目的でした。
もう少し具体的な「名目」をつけるなら、高齢になってきた両親のちょっとした肉体労働を、若い娘に手伝ってもらおう、ということでもありました。
娘は生まれた時から東京育ちです。東京の、それも23区で育った彼女にとって、田舎の生活は日常ではありません。だからなのか。それとも、にもかかわらず、なのか、娘は今回の岐阜行きを、とても楽しみにしていました。
私の実家は岐阜市内ですが、いわゆる「街中」とは少し違います。広い濃尾平野の北端。家の前には小川が流れ、少し行けば竹やぶがあり、山があり、田園風景があります。
家の前で360度回転しても、山の端が途切れることのない”山間部”です。

娘が育った東京とは、ずいぶん違う景色。
一方、私にとっては少年時代から青春時代まで、友だちと遊んだことも、学校へ通ったことも、叱られたことも、笑ったことも、その土地のあちこちに記憶として残っている。そんな場所なのです。
子供時代に母や祖母に手を引かれて歩いた畦道を、今度は娘と歩く。不思議な感覚です。
両親にとっては孫が帰ってくることがうれしい。娘にとっては普段とはまったく違う環境で祖父母と過ごせる。そして私にとっては、自分が育った場所を娘に見せることができる。
三世代それぞれにとって、意味のある時間になるのではないかと思いました。
◆「共に移動する時間」が大切
東京から岐阜へ向かう新幹線も、思いのほかいい時間でした。
普段、私も仕事で忙しくしていますし、大学生になった娘にも娘の生活があります。家族だからといって、何時間も隣に座って過ごす機会は、ほとんどありません。
しかし...




