移転法要が営まれた天心白菊の塔=20日午前11時12分、加茂郡白川町河岐

 1968年8月に発生し、104人が死亡した「飛騨川バス転落事故」の慰霊塔で、一部移転が決まっている「天心白菊の塔」(岐阜県加茂郡白川町河岐)で20日、精抜きにあたる「移転法要」が営まれ、関係者や遺族らが、事故を風化させず後世に語り継いでいくことを犠牲者に誓った。塔がある現在の場所での法要は今回が最後。半世紀以上にわたって続いてきた慰霊は大きな節目を迎えた。

 慰霊塔は、現場から約300メートル下流の国道41号沿いに建てられており、塔の横には犠牲者全員の名前を刻んだ石碑がある。現在、事故現場を含む国道41号では、土砂崩れや落石などの危険箇所を避けるバイパス工事が始まっており、塔がある場所に橋が架かることから、町は塔の解体撤去を決定。塔の一部と石碑については、現在の場所から約9キロ上流にある産直施設「よいいち41美濃白川」(同町河東)の敷地内に移転する。

 移転法要は町と町仏教会が主催。遺族や町関係者ら約30人が参列し、読経して冥福を祈った。町仏教会会長の加納明義・臨川寺住職が「ここでの法要は終わるが、新しい場所でも犠牲者の思いを忘れず供養していきたい」とあいさつ。細江茂樹町長は「災害に強い町を子ども、孫に残していく」と決意を述べた。

 事故から54年目を迎え、遺族も高齢化したり、代替わりをしており、この日の法要に訪れた遺族は2組4人だった。6歳の頃、叔母といとこを亡くした女性(59)=名古屋市=は、塔を訪れるのは数十年ぶり。「寂しいが、移転は仕方ない。事故を風化させないでほしい」と涙声で話した。「(バイパス工事着工まで)50年以上かかったという気持ちもある」と複雑な思いを明かした。

 町によると、移転のための工事は月内にも着手する。7月末までの完了を見込み、事故が発生した8月18日に毎年開いている慰霊法要は、移転先で例年通り営む予定。

 【飛騨川バス転落事故と天心白菊の塔】 1968年8月18日午前2時11分ごろ、加茂郡白川町河岐の国道41号で、豪雨による土砂崩れで立ち往生していた観光バス2台が土石流に押し流されて飛騨川に転落、104人が犠牲になった。助かったのは3人。事故の翌年に建てられた天心白菊の塔は、高さ8メートル18センチで8月18日にちなんでいる。建築家の左髙啓三氏が設計。塔の形状には、犠牲者の魂を水辺から天の中心に向けて送るという意味がある。