精神科医 塩入俊樹氏

 なぜ人はお酒を飲むのでしょうか。実はヒトの脳では、抑制系の神経、つまり脳のさまざまな機能にブレーキをかける神経が活発に働いています。アルコールはその働きを抑えることで(これを脱抑制といいます)逆に脳を興奮させ、気分が高まるのです。しかし長期間・大量に使用すると、2021年7月28日付の「依存症④」でお話ししたように、脳の機能が変化してアルコール依存症(アルコール使用障害)になる場合もあるのです。

 この病気の厄介な点は、本人、家族、周囲の人たちも気付かぬうちに病気が進行することです。例えば、酒量が増えた当初は、本人は「自分はお酒が強いからよく飲むんだ」、家族や周りの人も「お酒好きだけど、ちょっと飲みすぎかな」くらいにしか思わない。ですがそのうち、周囲の人たちから「最近、宴席でのトラブルが多いな」「酒癖が悪い」と言われ、さらに進むと、職場で「朝から酒臭い」と注意されたり、健康診断で肝機能障害を指摘されたり、家庭でも休日に朝から一日中お酒を飲むようになったりします。家族も、飲んだ後片付けをしたり、帰宅途中や家の中で酔いつぶれた本人を介抱したり、本人の代わりに職場に欠勤の連絡をするようになったりして、飲酒を巡っての口論などが絶えなくなります。

 国際的な診断基準では、以下の11の症状のうち少なくとも二つ以上が必要とされています。

①自分が決めた量や時間よりも、しばしば大量、長期間にわたって飲酒してしまう

②飲酒をやめよう、減らそうとしても、失敗に終わったことがある

③酒を手に入れ、飲酒し、酔いがさめるまでの一連の時間が、長過ぎる(例…朝から酒屋で酒を買い、その後長時間飲み続け、翌朝もお酒が残っている)

④飲酒への強い欲求や衝動がある

⑤繰り返される飲酒の結果、職場や学校、あるいは家庭における重要な役割を果たせない

⑥飲酒により、社会的あるいは対人的問題が長期間にわたり何度も起こり、より激しくなっていてもやめられない

⑦飲酒のために、重要な社会的、職業的、または娯楽的活動を放棄、または縮小している

⑧身体的に危険な状況(例…重篤な肝機能障害)でも飲酒を続ける

⑨身体的または精神的問題が長期間にわたり何度も起こり、より激しくなっていてもやめられない

⑩耐性について、以下のいずれかによって定義されるもの(21年10月20日付「依存症⑤」参照)

(ア)中毒または期待する効果に達するために、著しく増大した量のアルコールが必要

(イ)同じ量のアルコールの持続使用で効果が著しく減弱

⑪離脱症状について、以下のいずれかによって明らかとなるもの(同)

(ア)特徴的なアルコール離脱症候群がある

(イ)離脱症状を軽減・回避するために、アルコールやベンゾジアゼピン系抗不安薬などを摂取する

 アルコール依存症の家族の方は、「こんなことがいつまで続くの?」「どうすればお酒をやめてくれるの?」と深刻に悩まれています。ぜひ、一度、専門家の診察を受けるようにしてください。

(岐阜大学医学部付属病院教授)