レース直前、パドックを出て騎乗馬に気合を入れる渡辺竜也騎手=昨年10月

 哀愁が漂う笠松競馬場。所属ジョッキーたち自身の「サバイバルレース」の様相になったこの1年。8人が去り、「生き残った」ともいえる騎手たちの心の内は複雑だ。本番のレースからは4カ月以上も遠ざかっており、「競馬をしたいです」と一日も早いレース再開を願っている。
 
 所属騎手らの馬券不正購入を受けて「手続きや準備が順調に進めば、7月には再開」と知事が会見。競馬組合では「6月再開」を目指していたが、また1カ月先送りのようだ。所属騎手は10人に減り、人馬はゲートインできない「放牧状態」が続く非常事態。調教後などには、コース整備車両の「ババヲナラスクルマ(通称)」もレース再開を待ちわびているかのように、寂しそうにエンジン音を響かせている。

 信頼を回復してレースを再開させるためには、課題が山積みでクリアすべきハードルは高い。現状での問題点を探った。

 ■セクハラ、懸賞金問題...「不祥事のデパート」返上できるか

 「不祥事のデパート」笠松競馬では、騎手らの馬券購入以外にも調教師によるセクハラ、SNS(会員制交流サイト)の懸賞金問題が発覚。再発防止策として、外部委員による「運営監視委員会」の初会合が開かれ、所属騎手が当選金10万円を受け取った問題で、騎手を騎乗停止に、監督する調教師の処分も決めた。今後、聴聞を経て発表される。3月に浦和所属の騎手2人が、オンラインサロン参加で飲食などの提供を受けたケースでは、騎手は実効10日間の騎乗停止、調教師は戒告の処分を受けている。

 競馬関与禁止・停止になった笠松競馬の元騎手・調教師は、インターネットを通して不正に馬券を購入し重い処分を受けた。また、SNSの懸賞金問題もそうだが、ネット上ではあらゆる情報があふれ、悪質サイトにもつながりやすく、金品を巡る被害やトラブルに巻き込まれることがある。レースがないため、暇な時間ができた騎手たちはスマホでSNSを利用したり、ゲームなどを楽しむことも多いそうで要注意だ。競馬組合は既に発表している再発防止策に、SNSの利用制限を盛り込む方針も示した。

 不祥事続きの笠松競馬に対しては、マスコミの注目度も高くなった。処分が軽かった騎手・調教師も「たたけば、ほこりが出る」とも言われている。組合がいつまでもレース再開に踏み切れないでいると、今後、ツイッターや動画サイトで新たな問題が暴露される可能性もある。懸賞金問題のように、NAR(地方競馬全国協会)や競馬組合への情報提供でごたごたすれば、その度に運営監視委が開かれ、再開が先送りになってしまう。「組合はカッコばかりつけてないで、さっさと再開しろ」というのが真面目に働いてきた現場の人たちの本音のようだ。

レース再開に向けて攻め馬に励む騎手たち

 ■レース再開時、ゲートインは所属の9人のみか

 現在の笠松所属騎手は10人だが、懸賞金問題で1人が騎乗停止処分を受けるため、再開時は9人に減る。サッカーの「イレブン」を既に下回り、野球の「ナイン」並みのプレーヤー数。レースが再開されても、当初は信頼回復のため、笠松所属騎手だけでの騎乗になる可能性もあるという。これだと最大9頭立て。レース当日になって、けが人が1人でも出たら、騎乗変更は厳しい。ゲートインから「カラ馬状態」になってしまい、予定馬が出走できなくなる。同じ東海公営の名古屋の騎手に助けてもらいたいところだが、組合はどう判断するのか。530頭ほどいた所属馬は410頭まで減少し、当面は少頭数でのレースが続きそうだ。

 昨年リーディング2位で、若手のエース格に成長した渡辺竜也騎手は「午前1時15分から9時まで、攻め馬は33頭ほど。乗りっぱなしで休む暇もないです。2歳馬の能力検査でゲートインもしていますが、(今やりたいことは)競馬をしたいです」とレース再開を信じ、こつこつと攻め馬に励んでいる。

 攻め馬では、騎手以外にも騎乗能力がある厩務員も参加。将来的に騎手を目指している者が2人ほどいるそうだ。競馬学校を卒業していなくても、騎手免許の「一発試験」で合格を狙うことになるかも。過去には笠松から一発合格者も出ている。騎手不足解消のためには、こういった形で地元から乗り役が育ってくれれば、頼もしい存在になる。

 5月20日、騎手ら厩舎関係者を対象に行われた「税に関する研修会」(厩務員会館)では、インド人厩務員の姿も多くあった。母国に戻った後、再来日した者もいて、笠松が気に入っているようだ。外国人騎手では3年前、ブラジル出身のレオナルド・サレス騎手(短期騎手免許で名古屋所属)が笠松で勝利を飾ったことがある。コロナの問題はあるが、騎手不足を補うため、将来的には外国人騎手を短期で受け入れてもいいだろう。

 この税の研修会、騎手らの所得隠しを受けたもので、マスコミ各社が取材に来ていたが、このところの笠松競馬の不祥事への関心は非常に高い。こんなこと、取材陣約100人が競馬場に押し寄せたライデンリーダーの桜花賞追い切りや、オグリキャップの里帰りセレモニー以来だろう。スターホースの取材でなく残念だが、今後レースが再開されたら、大きな注目を集めることだろう。まずは情報公開を進めて、国の開催許可につなげる必要がある。
 
 ■レース開催へ総務省の指定手続きを

 レース再開のためには、国に笠松競馬の開催を認めてもらうことが第一。競馬組合の管理者を副知事に、副管理者を笠松町長と岐南町長にする規約改正については、国から許可が下りた。今後、新体制で総務省にレース再開の指定手続きを申請し、再開を目指すことになる。公営競技を行うことができる市町の指定で、笠松町、岐南町の指定は4月から期限切れ状態が続いている。競馬組合は農水省や総務省に説明を行っているが、セクハラ、懸賞金問題も浮上。国の対応は国民目線で厳しく、指定には時間を要している。
 

コロナ禍のため、入場制限があった笠松競馬場で馬券を購入するファン

 ■ネット投票で馬券は売ってもらえるのか

 再開に向けて最も懸念されるのは、馬券発売の問題。コロナ禍による無観客開催もあって、笠松では昨年度の売り上げの93%をインターネット投票が占めた。現在はレースもなく、ネット業者との各回線は「プッツン」の状態だ。

 もしネット業者や他場が馬券を売ってくれなければ、売り上げは激減。昔のように笠松本場での売り上げだけになる。最悪、コロナ禍による緊急事態宣言で、無観客レースになれば、売り上げはゼロになってしまう。ファンも「公正レース」だと認知しないと、馬券を買ってくれない。

 現在、地方競馬の馬券をネット販売しているのは「オッズパーク」「SPAT4」「楽天競馬」と、「JRAネット投票」である。笠松の騎手、調教師による馬券不正購入は、このうちのネット投票(オッズパーク)で行われたとみられ、信用回復には時間を要するだろう。
 
 再開当初から馬券を売ってくれる柔軟な業者(SPAT4など)もありそうだが、社会の目は厳しく、どうなることやら...。JRAネット投票では、中央・地方競馬両方の馬券が買えることから、イメージダウンにもなる笠松競馬の投票受け付けを見合わせることも予想される。
 
 また、これまで笠松で開催されてきたJRAとの交流レースや2歳馬のJRA認定レースなども行われなくなる可能性もある。笠松競馬を取り巻く環境は、再開後も厳しく、主催者は「単年度赤字」を覚悟する必要がありそうだ。

新たな組合管理者に就任した河合孝憲副知事(左)。笠松競馬の信頼回復に取り組む決意を示した

 ■管理者は元に戻っただけ、リーダーシップ発揮を

 競馬組合の管理者は、一連の不祥事を受けて笠松町長から副知事にバトンが渡ったが、以前にも管理者を副知事が務めており、今回は元に戻っただけ。

 2005年2月、経営難による廃止のピンチ。県は1年間の存続が決まった笠松競馬の管理者を副知事から笠松町長にし、副管理者を3人から2人に減らした。県からの職員4人も派遣せず、コスト縮減を図った。より現場主義で、競馬場と厩舎がある笠松、岐南両町に任せたものだったが、今回また県主導に戻ってしまった。一連の不祥事を受け、管理体制の強化と失墜した信頼の回復に向けてのものだが、現場の発言力が弱まることにもなる。

 昭和の覚醒剤・八百長事件では笠松競馬の騎手ら19人が競馬法違反などの疑いで逮捕されたが、2カ月後にはレースを再開させた。時代背景は違うが、今回の問題が長引いた原因は、スピード感を持って解決しようとするリーダーシップが発揮されなかったことにある。競馬組合の構成団体は岐阜県、笠松町、岐南町であり、責任の所在がはっきりせず。競馬場自体の実務は管理者代行に任せ、再開時期の見通しについては、知事会見で記者質問に答える形で聞こえてくるだけ。公正確保の組織体制を強化したというなら、まず組合管理者が再開時期を明言するべきだ。

 新たな組合管理者には河合孝憲副知事が就任したが、騎手らの処分や再発防止策の発表時、印象的な発言があった。笠松競馬の信頼回復に取り組む決意を示し、「2004年、笠松競馬は存続の危機にあったが、組合関係者が一丸となり、見事に再建され、経営状況は良くなった。当時の苦労が忘れられており、関係者は初心に戻って、一丸となって取り組んでいきたい」と意欲を示した。不正の根絶に総力を結集し、笠松本場で、ネット映像でファンを呼び戻す「クリーンなレース」に努めていきたい。