(上)レントゲンでは骨が白く写るが、矢印で示した部分は黒く「穴」が空いており、これが転移したがん(下)ラジウム治療を行うことで「穴」が消失した

放射線治療医 田中修氏

 きょう3月17日は、キュリー夫人の娘で原子物理学者イレーヌ・ジョリオ=キュリーの命日です。キュリー夫人は放射線医学の発展に非常に貢献された一人です。しかしながら、放射線の悪影響も当時は知られていなかったため、放射線による再生不良性貧血という病気で亡くなりました。

 放射線は、目で見ることができず、臭いもなく、人間は感じることができません。ラジウム、セシウム、ヨウ素など「放射線」を出す力を持った物質のことを「放射性物質」といい、放射線を出す力(能力)のことを「放射能」といいます。

 放射線にはさまざまな種類があり、アルファ線、ベータ線、ガンマ線、エックス線などがあります。そしてその種類によって性質も異なります。放射線治療の歴史はキュリー夫人の19世紀末のエックス線、ラジウムの発見を始まりとし、抗生物質、抗がん剤の開発および外科手術や麻酔法の確立がなされていなかった当時のがん治療は、ほとんど放射線治療のみでした。また、見えないエックス線をがんに照射してみようという発想は非常に独創性に富んでおりノーベル賞に値するものだと言えます。

 通常の放射線治療はエックス線もしくは電子線という放射線を体の外から照射することが多いのですが、近年になって放射線を出す物質であるラジウムを用いた治療方法が出てきました。このラジウムには骨に集まりやすいという性質があり、体内に投与されるとがんの骨転移している部位など、骨代謝が亢進(こうしん)しているところにこのラジウムが集まります。骨転移巣に集まったラジウムからエックス線の一つであるアルファ線が放出され、骨に転移したがん細胞の増殖を抑え、がんを制御します。アルファ線は、エネルギーが高く、細胞を破壊する力が強いという特徴があります。しかし、アルファ線の力が届く距離は体内では0・1ミリ未満と短いことから、正常細胞に影響を及ぼすことは比較的少ないとされています。

 このような点を利用して、ラジウムを注射によって体内に投与すると、体の内側(骨の中)からアルファ線という放射線を出して、骨転移した前立腺がんに対して治療効果を認めます。しかしこの治療は、ホルモン治療などが効かなくなってきた、前立腺がんによる骨転移を有する患者さんにしか保険適応はありません。現在、世界中でこのような治療方法の臨床試験が行われています。今後、このような体内に放射性物質を注射して体の内部からがん治療ができる物質が開発されていくと考えます。

(朝日大学病院放射線治療科准教授)