脳神経外科医 奥村歩氏

 1年で最も暑くなる季節を迎えました。この時季ならではの患者さんが「もの忘れ外来」を受診されます。82歳のKさんもその一人でした。

 付き添いの娘さんによると「おじいちゃんは暑くなってから元気がなくなってきました。ふらふらするからと昼間も横になっている時間が増えてきたのです。日課の散歩にも行かなくなって。お風呂に入るのも面倒みたいです。そして、私が『これは変だ』と思ったのは、先日の孫の結納をすっかり忘れていたことなんです。認知症が心配になって…」。

 確かに、Kさんは認知機能テストではかなり難ありという結果でした。しかしMRIなどでは認知症の異変は認めませんでした。気になったことは、Kさんが「立ちくらみ」で足元がおぼつかないこと。そして収縮期血圧が92ミリHg(ミリHgは血圧の単位)と低いことでした。

 もの忘れ外来の重要な業務の一つに、患者さんが常用している薬の確認作業があります。患者さんのお薬手帳の確認はもちろん、受診日には、今、実際に飲んでいる薬を持参していただくことを励行しています。各種薬剤は身体と共に、認知機能にも変化をもたらすことがあるからです。

 伺うと、Kさんは今年の寒い冬、血圧が180ミリHgを超えたことを心配されて、降圧剤(血圧を下げる薬)を飲み始めたということです。

 寒い季節は、薬を飲むことによって血圧の数値が程よく下がりました。しかしこの夏、Kさんの血圧は低くなり過ぎたのです。夏は生理的に血圧が下降します。そこに降圧剤の影響が加わったのです。Kさんの認知機能を改善するには、降圧剤を休むことが優先であると考えました。私はKさんのかかりつけ医に連絡し、降圧剤を休止する了承を得ました。この対応で、Kさんはふらつきやもの忘れなどが軽減しました。

 「人間は血管と共に老いる」とはオスラー博士の言葉です。高齢者の血管には少なからず動脈硬化が生じています。しなやかさを失った硬い血管では、血圧がある程度高くないとトラブルが生じます。低過ぎる血圧では、脳をはじめ重要な臓器や身体の隅々に血液(酸素と栄養)が運ばれません。Kさんのようにふらついたり、認知機能が低下し元気がなくなったります。このように、薬の影響で認知症のような状態になることを薬剤性認知障害といいます。降圧剤の他、全ての薬剤には副反応があります。「クスリはリスク」なのです。

 さらに、高齢者の多剤併用では思わぬ相互作用や副作用が現れる確率が高いのです。高齢者は代謝や内臓機能が低下する傾向があるからです。しかし日本の現状では、75歳以上の方の40%が5種類以上の薬を服用しています。この問題は、「ポリファーマシー」という言葉で、警告されています。

 健康長寿のため「本当に必要な薬を最小限に」という姿勢が大切です。ここで重要なのは頼りになるかかりつけ医に相談することでしょう。かかりつけ医と専門医が連携して臨機応変に薬をコントロールすること、これが最善です。

(羽島郡岐南町下印食、おくむらメモリークリニック理事長)