脳神経外科医 奥村歩氏

 3年を乗り越えて、新型コロナウイルスに対して、皆で力を合わせて頑張ってきました。本当にお疲れさまです。さて“一難薄れてまた一難”。超高齢社会、誰もが目をそらせないのが認知症です。最近になって聞かれるのが「レカネマブ」という名前。これは早期アルツハイマー病の新薬です。アメリカに続いて近日中に、日本でも承認される可能性が高い薬剤です。

 レカネマブはアルツハイマー病の画期的な薬として期待されています。レカネマブには、アルツハイマー病の原因とされるアミロイドβ(ベータ)を有効に除去する作用があります。この薬は、アミロイドβが重合した神経毒性の強いプロトフィブリルを標的にします。プロトフィブリルにくっついて目印の役割を果たし、免疫細胞によって除去されやすい状態にします。いわゆる抗アミロイドβ抗体薬です。

 この薬以前にも多数の抗アミロイドβ抗体薬が開発されてきました。しかしそれらは、臨床試験で有効性が認められてこなかったのです。それに対して、レカネマブが成功した理由は、その優れた薬理作用とともに、対象の患者さんが厳密に選別されたことにあります。

 レカネマブの臨床試験では、アルツハイマー病といっても軽度認知障害レベルに限定したのです。その結果、投与されたグループでは、アミロイドβの蓄積が軽減し、プラシーボ(偽薬)群と比較して、18カ月で認知機能の低下が27%抑制されました。レカネマブはその作用機序、臨床試験の結果からも画期的な新薬です。

 しかし、この新薬の適応には慎重な思案が必要です。レカネマブは早期アルツハイマー病のみが対象となる薬です。認知症の原因は本連載でも示してきたように、アルツハイマー病は約半分で、その他はレビー小体病、前頭側頭型、脳血管性などです。さらに、アルツハイマー病の中でもこの新薬が適応となるのは、認知障害があっても、患者さんや家族がそこまでは生活に困らない早期の状態。この適応を誤ると「百害あって一利なし」です。

 もう一つの壁は、新薬の導入には、いまだ保険適応になっていない特殊検査が必要であること。さらに、1年間に及び2週間ごとの点滴注射を要します。総合的に、肉体的・時間的・経済的負担、そして副作用についても慎重に検討しなくてはいけません。

 イメージとして、レカネマブの導入には、外科手術を受けると同等の覚悟が必要です。この治療は、日本認知症学会専門医などが指導する病院が中心となります。岐阜でも、迅速な医療体制作りが必要です。私も今後、「リアルな情報」を皆さんに発信していく所存です。