ラストランとなった1990年の有馬記念を制覇したオグリキャップ(競馬ブック提供)

 「さあ頑張るぞ、オグリキャップ」。競馬ファンが「有馬記念」一色に染まる12月。平成から令和へと時代が移り変わっても、テレビ映像などで繰り返し流される中山競馬場での名実況は、何度聞いても胸が熱くなる。アナウンサーも、人気を落としていた名馬の魂の走りに興奮したのか。一人のオグリファンとなって、ラストランでの疾走を応援してくれたのだ。武豊騎手を背にしての「伝説のオグリコール」から29年。日本の競馬史上最高の感動を呼んだスーパーホースの雄姿は、永遠の輝きを放ち続けている。

 有馬記念は、ファン投票によって上位10頭に優先出走権が与えられるドリームレース。今年で64回目。歴代ファン投票1位馬のうちで、最多得票は平成元年のオグリキャップで19万7682票。競馬場にはオグリの縫いぐるみを手にした女性ファンも押し寄せ、爆発的な競馬ブームとなった。

 ファンの投票数をみても、この頃の競馬場に殺到したファンの熱気は本当にすごかった。今年1位のアーモンドアイは10万9885票。1等・イタリア旅行など豪華賞品付きで、インターネット投票もあり、もっと数字が伸びてもよさそうだが、1980~90年代には遠く及ばない。宝塚記念のファン投票でも、オグリキャップは15万2016票で堂々の歴代1位。今年1位のアーモンドアイは7万8778票で、倍近いファンの支持を集めた。

 オグリキャップといえば「記憶に残る名馬」としてファンの心をつかんできたが、有馬記念では「記録に残る名馬」でもある。90年のラストランでの入場者17万7779人(中山競馬場)の新記録は、今後も破られることはないだろう。有馬記念での2度優勝はスピードシンボリ、シンボリルドルフとともに1位タイ。その後、グラスワンダー、シンボリクリスエス、オルフェーヴルも2度記録しているが、長い歴史の中でも3度制覇はない。史上最強馬とされるディープインパクトでもラストランの1度だけである。

平成初の有馬記念はイナリワンが初制覇。ゴール寸前でスーパークリークを差し切った(1989年12月25日付・岐阜新聞)

 平成最初の有馬記念を勝ったのは大井出身のイナリワンで、笠松出身のオグリキャップは5着に敗れた。中央に移籍した地方競馬出身馬が強かった時代だった。小雨のクリスマスイブ、最後の直線ではファンの歓声と悲鳴が交錯した。連戦疲れからか、1番人気のオグリキャップは伸びを欠いてまさかの失速。オグリキャップとともに「平成3強」と呼ばれたイナリワンがゴール寸前、スーパークリークに差し切り勝ち。天皇賞・春、宝塚記念に続いてGⅠで3勝を飾り、年度代表馬に輝いた。大井時代のイナリワンは88年の笠松・全日本サラブレッドカップで、フェートノーザン(笠松)に敗れ2着。中央入り後は、オグリキャップの宿敵となり、毎日王冠でハナ差の死闘を演じるなど、因縁の対決を繰り広げてくれた。

 笠松と同じ右回りで、直線が短めの中山競馬場。「昭和最後の名勝負」とされた有馬記念では、タマモクロスを倒して優勝。世代交代を果たしたオグリキャップだったが、平成初の有馬記念では、2番手からの競馬で、最後は手応えなく息切れ。追い込み脚質の馬が、奇襲ともいえる先行策に出たのは、結果的に裏目となった。後続馬に抜かれたのは初めてのことで、陣営も応援したファンもショックは大きかった。騎乗したのは、タマモクロスの主戦だった南井克巳さん(現調教師)。2走前のマイルCSではバンブーメモリーにハナ差勝ち。長い写真判定となり、勝利インタビューでは「負けたと思ったのに、オグリに助けられた」と涙を流したが、オグリ騎乗は有馬記念が最後になってしまった。

笠松競馬場で行われたオグリキャップ引退式。安藤勝己さんを背に、3万人近いファンが声援を送り、オグリコールが響き渡った

 秋以降、マイルCS(1着)からジャパンC(2着)へのGⅠ連闘を含め、6戦目という過酷なローテーションでは、「タフなオグリでも、さすがに疲れがたまっていて、負けたのは仕方がなかった」というのが大方の見方だった。「いつもの豪快な追い込みは無理だ。好位置から楽な競馬をさせてやろう」というジョッキーの思いもあったが、激戦続きで馬体は悲鳴を上げていたのだろう。

 笠松時代の主戦ジョッキーだったアンカツさん(安藤勝己元騎手)は「最終コーナーを最後方で回っても、直線だけで届く馬なのに」と、惨敗ともいえるレース内容を悔しがったという。「俺だったら、勝たしてあげられたのに」の思いが強かったのだろう。確かにオグリキャップは、名手が乗れば負けない馬だった。アンカツさんは笠松時代に7連勝、岡部幸雄さんは88年・有馬記念V、武豊騎手は90年の安田記念、有馬記念Vと、天才騎手が騎乗すれば、反応も素晴らしく、負けなかった。オグリのように頭のいい名馬は、背中に乗るジョッキーの力量が分かっていたのだろう。

アーモンドアイで秋華賞を制し、牝馬クラシック3冠を飾ったルメール騎手

 平成初の有馬記念を勝ったイナリワンに騎乗していたのは柴田政人さん(元調教師)。令和初の有馬記念で一番乗ってみたい馬はアーモンドアイだそうで、「柔軟で、力強い背中の感触を味わってみたい」という。香港カップを回避した女傑アーモンドアイの緊急参戦で、一気にヒートアップ。史上最多の11頭がGⅠ馬で、豪華メンバーとなった今年の有馬記念。アーモンドアイにはルメール騎手が騎乗。管理する国枝栄調教師は岐阜県出身(本巣郡北方町)で、「競馬の世界へは『一ファンから』で、小さい頃、近所の農家には笠松競馬場に行くような馬もいた」という。そんな岐阜とのつながりが深い名伯楽。昨年は、アパパネに続くアーモンドアイでの牝馬クラシック3冠制覇、2分20秒6という驚異的世界レコードでのジャパンC優勝。今年はドバイターフを圧勝。安田記念はスタート後の不利もあって差し届かずに3着だったが、天皇賞・秋では完勝し、国内GⅠで5勝目を飾った。

アーモンドアイを管理している国枝栄調教師とルメール騎手

 64歳になった国枝調教師は、この秋に著書「覚悟の競馬論」も出版し、競馬サークルへのメッセージ力を含めて、いまや「日本のナンバーワン・トレーナー」といえる存在。有馬記念には過去5度挑戦し、2007年にマツリダゴッホ(蛯名正義騎手)で制覇している。アーモンドアイでは、日本ダービーや凱旋門賞にも挑戦していたら、いい勝負ができただろう。オーナーサードからの信頼も厚く、悲願でもある「ダービー調教師」の夢実現は、来年以降にチャンスが巡ってくることだろう。

 今年の有馬記念は5頭が出走する牝馬に注目。牡馬に比べて2キロ減で挑めるアーモンドアイ、リスグラシュー、アエロリット、クロコスミアの順で上位独占も可能。あとは菊花賞組のワールドプレミアとヴェロックスか。年末を彩る世相馬券的には、全英女子オープンを勝ったプロゴルファーの渋野日向子さんにあやかって、やはりアーモンドアイ(5枠9番)らの女子力に注目。

昨年の東海ゴールドカップ、大勢のファンでにぎわう笠松競馬場

 27日からの年末特別シリーズで、3週間ぶりの開催となる笠松競馬は、南関東で好成績(9勝)を挙げた佐藤友則騎手も復帰する。競馬開催がなくてもレース出走を目指す競走馬に休みはない。寒さが厳しくなるこの時季も、笠松のジョッキーたちは未明の2時前から8時頃まで、それぞれ20頭ほどの調教に励んでいる。「次の1勝」を目指して頑張っている人馬の姿は、キラキラしていてまぶしく感じられる。

 30日のライデンリーダー記念、31日の東海ゴールドカップと続く重賞レース。イベントも盛りだくさんで、ラーメンフェスタ(29日)、笠松競馬出身のJRA・柴山雄一騎手のトークショーや年末大抽選会(30日)、ジョッキーによる餅まき(31日)など。有馬記念後に本番を迎え、年越しに向けて盛り上がる地方競馬の熱気も楽しんでほしい。