産婦人科医 今井篤志氏

 新型コロナウイルスの感染の波が繰り返され、以前の生活リズムに戻るまで時間がかかりそうです。長期化する原因の一つに変異株の出現があります。

 ニュースなどでアルファ株やデルタ株、最近ではオミクロン株という表現を目にしますが、今年の春先くらいまではN501Y変異株などと表していました。どんな変異なのでしょうか。これはウイルスのタンパク質の501番目のアミノ酸がN(アスパラギン)からY(チロシン)に変わり、スパイクタンパク質がヒトの細胞と結合しやすくなったものです。

 N(アスパラギン)からY(チロシン)への変異は直接検出するのではなく、よく耳にするPCR法という手法で、その伝達物質である遺伝子を分析すると変異を迅速に分析できます。今回はコロナウイルス変異を例に、遺伝子変異について考えてみましょう。

 すべての生物(人間、動物、植物、そしてウイルスや細菌などの微生物)は、「遺伝子」を持っています。この遺伝子の働きによって、細胞や体の機能が正常に保たれます。子孫を残せるのもこの遺伝子のおかげです。

 遺伝子の基本単位は、長いひも状の形をしています。それぞれのひもはわずか4文字、A(アデニン)、C(シトシン)、G(グアニン)、T(チミン)が繰り返された配列です。その配列により、あたかもアルファベットを組み合わせて単語を作るように、必要な遺伝情報を決定します。この時連続する3文字が1セットとなります。例えばAATはアスパラギンを、TATはチロシンを作れという指令になります。

 新型コロナウイルスの遺伝子もA、C、G、Tの4文字が繰り返し並んでいますが、23063番目のAがひょんなことからTに置き換わってしまうと、501番目のアミノ酸がアスパラギンからチロシンへ変換されてしまいます=図=。これがN501Yという変異株です。E484Kという変異株は484番目のE(グルタミン酸)がK(リジン)に換わったものです。

 ウイルスは子孫を作るため複製の時に、常に遺伝子の突然変異を繰り返して少しずつ変わり続けています。例えばインフルエンザウイルスは毎年のように変異を繰り返しますが、これは種の繁栄のために進化しているのかもしれません。

 変異は高等生物の細胞でも常に起こっています。しかし、細胞には変異を検知する能力が備わっており、その変異が次の細胞に受け継がれる前に修復されます。けれども、細胞のDNA損傷の修復メカニズムが破綻していたり、弱っていたりすると、長い間に、その変異が蓄積されてしまいます。

 遺伝子からアミノ酸が作られるメカニズムはウイルスも高等生物も同じです。アミノ酸はタンパク質の材料になる成分です。アミノ酸が換わると、タンパク質の構造や機能も変わってしまいます。がんも遺伝子変異によってもたらされます。最近のがん治療は各個人の変異遺伝子を調べて、それに適した薬剤を組み合わせる個別治療になりつつあります。

(松波総合病院腫瘍内分泌センター長・羽島郡笠松町田代)