笠松競馬での騎手デビューを目指している深澤杏花候補生

 笠松競馬でも来春、待望の女性ジョッキーが誕生する。7月9日、騎手候補生として笠松競馬場にゲートインし、実習のスタートを切ったのは深澤杏花(ふかざわ・きょうか)さん。湯前良人厩舎に所属。来年1月10日までの6カ月間、競走馬の調教や厩舎実習などに励んで、騎乗技術を磨いていく。先輩騎手や厩舎関係者らに温かく見守られて、晴れてデビュー戦を迎えれば、笠松では中島広美さん(1992~2000年在籍)以来20年ぶりの女性ジョッキーとなる。

 深澤候補生は地方競馬教養センター(栃木県)の第99期生で、兵庫県出身の17歳。ジョッキーを夢見るようになったきっかけは、小学4年の頃、地元の乗馬クラブに通っていたことから。駅前で配られていた乗馬クラブのチラシをもらってきた母から「やってみたら」と勧められたという。本気でジョッキーになりたいと思い始めたのは中学1、2年の頃。テレビで競馬中継などを見て、騎手という職業があることを知り、「やってみたい」と、チャレンジを前向きに考えるようになった。

毎朝、笠松競馬場のコースで攻め馬に励んでいる深澤候補生

 実習生としての日課について聞いてみると、笠松の一日は、めちゃ早い。午前1時に起床。1時40分には競馬場に来て、2時から8時頃まで、びっしりと攻め馬に励んでいる。笠松に来て1週間という時点では、「まだ14頭ぐらいですが、20頭は乗らないと」と意欲。先輩騎手に交じって内らち沿いを1頭ずつ、「中間軽め」といった調整で、コース周回をじっくりと繰り返していた。調教が終わると、ようやく朝ご飯で、その後は厩舎での実習や競馬に関する勉強も頑張っている。

 「バジガク」の愛称と競走馬の冠名で知られる東関東馬事高等学院(千葉県)の出身で、先輩には名古屋の木之前葵騎手がいる。昨春、深澤候補生が地方競馬教養センターに入所する直前の最終授業では、木之前騎手が講師となって来校。後輩たちへの直接指導で、騎乗技術のアドバイスや激励を受けた。

東関東馬事高等学院の先輩・木之前葵騎手が笠松に参戦。馬具の手入れをする深澤候補生に笑顔で声を掛けていた

 馬事学院の持ち馬であるバジガクアリアなどで笠松に参戦する木之前騎手。7月17日には2レースに騎乗。「憧れの存在で、葵さんのようなジョッキーが目標」でもある深澤候補生は、久しぶりに会うことができ、うれしそうだった。頼りがいのあるお姉さんでもあり、慣れない環境での不安や困り事の相談にも乗ってもらえそうだ。来春デビューに向けては、レースで着る勝負服についても話したそうで、木之前騎手が着用している「ハート散らし」の色違いはどうか―といった話にも...。どんな色や柄になるのか楽しみであり、レースではファンの熱い視線を浴びることになるだろう。

 候補生の目標としては「まだ笠松に来て間もないですが、技術を上達させていけるよう頑張ります。実習期間中に少しでも多くのことを学び、教養センターに戻りたいです」と意欲を示した。笠松に来てから大変に感じるのは「朝早く起きること」だそうだが、「でも起きちゃえば『頑張ろう』という気持ちになります」と。調教の段階から馬をうまくコントロールできるようになって、「葵さんのようにレースで勝てるジョッキー」を目指してしていく。

 ところで、競走馬のレベルや賞金も高い南関東でのデビューを目指す候補生が多い中、なぜ笠松競馬を選んでくれたのか。素朴な疑問を尋ねると、意外な答えが返ってきた。その理由というのは、「教養センターで先輩だった関本玲花さん(98期生、現在は水沢の騎手候補生)が『笠松はいい所だよ』と教えてくれたから」だそうだ。関本さんといえば、岩手競馬がオフシーズンとなった今年1~2月、冬場もレースが開催されていた笠松競馬場内で「より実戦的に学ぼう」と、騎手候補生として調教や装鞍所でのサポートに励んだ。

大井でのヤングジョッキーズシリーズをサポートした関本玲花候補生。笠松でも競馬場実習に励み、岩手で10月デビューを目指している

 関本候補生は短期間で笠松を巣立ったが、「皆さん優しくて、楽しかったです。明るくすることを学びました。まずはこの秋、無事にデビューし、笠松には期間限定騎乗で来たいです」と話していたそうだ。関本候補生から深澤候補生へとバトンが手渡され、笠松のジョッキーを目指すことになって、本当に良かった。ナイスアシストであり、これも笠松の騎手や厩舎関係者が優しく接して応援してくれたおかげか。関本候補生は父でもある関本浩司調教師の厩舎(水沢)に所属し、今年10月のデビューを目指している。
 
 そういえば、昨年末の大井競馬場・ヤングジョッキーズシリーズに、笠松の渡辺竜也騎手が参戦。騎手紹介式でプラカードを持っていたのが、地方競馬教養センターで学ぶ騎手候補生たちで、そのうちの一人が関本さんだった。笠松競馬の広報マンが「ぜひ笠松に来てください」と女性候補生らに呼び掛け。「笠松なら1年に500レースぐらい乗れるよ」と一緒にアピールしたが、こんなに早く実現するとは。女性ジョッキーの参戦が増えれば、競馬場のムードも華やかになって、来場する若いファンも増えそうだ。

木之前騎手(右)から激励を受けた深澤候補生。笠松のレースで一緒に騎乗したい

 7月の笠松・盛夏シリーズ。深澤候補生はレースを終えたジョッキーの馬具の手入れなど、装鞍所での業務をサポート。木之前騎手は、笑顔で声を掛け「久々でもある笠松の女性ジョッキー候補で、頑張ってほしいですね。笠松と名古屋は交流もあり、(先輩としても)応援しています。レースで一緒に騎乗できることが楽しみです」と期待。佐藤友則騎手や渡辺騎手らも「バジガクの後輩になるんだね」と温かいまなざしを送っていた。

 笠松では3人目となる女性ジョッキー。1992年に17歳でデビューした中島さんが最初で、通算120勝を挙げる活躍を見せた。田口輝彦さん(現調教師)と結婚し、出産とともに現役を引退した。2人目は93年デビューの岡河まき子さんで、通算20勝を飾った。 
 
 全国の地方競馬の女性騎手は現在5人。木之前騎手をはじめ、宮下瞳騎手(名古屋)、濱尚美騎手(高知)、岩永千明騎手(佐賀)、竹ケ原茉耶騎手(ばんえい)。このうち濱騎手は今年4月にデビューし、7勝を挙げる活躍を見せている。同じ高知の別府真衣騎手は6月30日で休業したが、女性騎手歴代2位の773勝を飾っている。宮下騎手は、女性騎手の勝利数日本記録を更新し続け、日本で唯一のママさんジョッキーとして活躍。6月には、令和元年度「女性のチャレンジ賞」(男女共同参画担当大臣賞)も受賞した。佐賀の岩永騎手は約3年3カ月ぶりにカムバックを果たし、7月15日にうれしい復帰後初勝利を飾った。

 競馬は男女が同じレースで戦う過酷なスポーツ。女性騎手に対する負担重量の減量制度は、中央競馬で今年3月から2キロ減のルールを実施。地方競馬でも4月から笠松や名古屋などで、これまでの1キロ減から2キロ減となった(見習騎手の場合、最大4キロ減、重賞など一部レースは適用外)。「1キロで約1馬身違う」とされ、負担重量減の特典は大きく、名古屋の木之前騎手は今年(7月26日まで)東海で43勝(昨年55勝)、宮下騎手は33勝(昨年52勝)をそれぞれ挙げ、成績がアップ。騎乗依頼も増えている。

 深澤候補生の所属厩舎の先生である湯前調教師は、笠松の元騎手で地方競馬通算347勝。人気薄の馬で高配当を呼んでくれた印象が強い。 騎手初勝利はオグリキャップの子・エンペラーキャップで、一緒に騎乗していた安藤勝己さんに「今だ、行けー」と声を掛けられ、勝てたそうだ。調教師になって3年。7月15日の盛岡・マーキュリーカップ(GⅢ)には、笠松から4頭が出走したが、そのうち3頭は湯前厩舎の所属馬だった。結果にはこだわらず、ダートグレード競走への挑戦に積極的な厩舎で、深候補生も騎手デビュー後は、全国の競馬場で騎乗するチャンスも広がることだろう。

来年4月の笠松デビューを目指す深澤候補生。4キロ減を生かして残り100メートルからのスパートには力が入ることだろう

 深澤候補生は、競泳も得意だ。昨年8月の教養センターでの水泳大会では、男性陣を圧倒し、クロールで大差の優勝。中学3年まで部活動で頑張っていて、背泳ぎでは県大会にも出場し、学年別で3位になったこともあるそうだ。「水陸両用」で持久力に優れ、身体能力が高いのだろう。

 まだまだ競馬場実習は始まったばかりだが、湯前調教師や先輩騎手たちのアドバイスをよく聞いて、一歩一歩着実に前へと進んでほしい。梅雨明けとともに真夏モード突入だが、けがや事故などなく、一回り成長した姿で、教養センターに戻り、修了試験をクリアして地方競馬騎手免許を取得したい。笠松競馬場に帰ってきて、順調なら4月第1週にデビュー戦を迎えることになる。最初は4キロ減で騎乗でき、ゴール前ではファンの声援に応えられるジョッキーになってほしい。