循環器内科医 上野勝己氏

 今から34年前、40歳ぐらいの男性が頭痛で来院し、血圧が200mmHg以上もありました。パン屋をオープンしたばかりでした。降圧剤を1日4回、6時間おきに飲んでもらい血圧は下がりました。多忙と経営のストレスを強く訴えていましたが、次の外来日に来られませんでした。1週間後、脳出血で亡くなりました。過剰なストレスによる若い人の高血圧状態は少なくありません。

 心臓病が再発した働き盛りの患者さんがいました。毎日夜遅くまで残業をしていたため、心臓の状態から一時的に残業を制限する必要がありました。血圧も高く、糖尿病もかなりひどい状態。仕事の過緊張から脈拍が速くなっていましたが、原因が改善されないまま、脈拍を抑えるβブロッカーが処方されていました。βブロッカーが要因と考えられる冠攣縮(かんれんしゅく)による狭心症も出現していました。会社の理解があり仕事は定時までとし、βブロッカーも中止しました。残業制限を続けると数日で症状は消えました。安静時の狭心症も出なくなりました。

 さらに1カ月たつと血圧も下がり、糖尿病のコントロールも良好になっていました。多忙なころは、知らぬ間に食べ過ぎていて味もよく分からなかったとのことでした。ストレスをコントロールすることで、自律神経のバランスが回復したと考えられます。

 私たちの体は自律神経によってコントロールされています。外敵からの危険に対して身を守る交感神経と、安全な時に消化吸収や組織の修復、免疫などをつかさどる副交感神経です。交感神経が緊張すると、脈拍と心臓の収縮力が増大し末梢(まっしょう)血管も収縮して血圧が上昇します。瞳孔は開いて、気管支が拡張し少しでもたくさんの酸素を取り込もうとします。この時、副交感神経がつかさどる消化や吸収、免疫力は低下します。

 仕事のプレゼンや長時間労働での緊張は、交感神経のスイッチを入れ、一時的な血圧上昇を起こします。繰り返されると持続的な交感神経の緊張状態となり血圧が上昇してきます。交感神経が緊張すると、副腎からのホルモンが増え、コレステロール値や血糖値も上昇します。これに対して副交感神経を高めるのはリラクゼーションや適度な運動、満腹感などです。仕事で忙殺されている場合、過食していることに気付かなくなります。血圧だけでなく、糖尿病の発症や悪化の可能性が出てきます。

 ナイジェリアの1996年の調査では、45歳以上の成人(平均60歳)の平均血圧は124/72mmHg。生活環境の違いによる高血圧患者の割合は、田舎の農民で14%、都市に出た貧困層で25%、都市での鉄道従業員で29%でした。社会的ストレスと血圧上昇の関連性が示されています。

 米国は昨年、高血圧症を130/80mmHg以上とし、45歳以上の6割があてはまることになります。しかし境界域の人には、薬ではなく生活習慣の改善を強く勧めています。血圧は文明社会のストレスを示すバロメーターです。血圧が高めと言われたら、生活習慣や働き方を見直しましょう。原因をそのままに薬で抑えるのはお勧めできません。

(松波総合病院心臓疾患センター長、羽島郡笠松町田代)