精神科医 塩入俊樹氏

 「働き方改革」が叫ばれてだいぶたちましたが、長時間労働やサービス残業など、以前からわが国は「ストレス社会」といわれてきました。IT革命によるインターネットの普及により高度情報化社会となった日本。誰もが情報へのアクセスがしやすくなり、「世界で今、何が起きているのか」をすぐに知ることができるようになりました。

 でもその一方で、大量に氾濫する情報をどのように選別したらいいのか、あるいはサイバー犯罪に巻き込まれたり、気付かないうちに加害者となってしまったりする可能性に対する自己防衛の必要性など、新たなストレスが生まれています。現代社会を生きる私たちには、これらのストレスに対処するために、新たにメディアやITに対する知識や関心(リテラシー)が求められています。

 このような流れを受けて政府は、情報化社会「Society(ソサエティー)4・0」に続く新たな社会として「Society5・0」を提唱し、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」の実現を目指しています。しかしながら、今日の「Society4・0」を生きている私たちには、日々新たに多種多様なストレスが降り注いでいるのです。

 自然人類学の観点から見ると、私たちの祖先とされる「ホモ・サピエンス」は30万年前の登場以来、生物としてはほとんど進化していない、つまり、今を生きる私たちの遺伝子は30万年前のままなのです。唯一の例外は、今から1万年前、牧畜民が乳糖耐性という遺伝子を持つことで牛乳を飲んでもおなかを下さなくなり、それが1万年を経て多くの人類集団に浸透したことぐらいとされています。

 30万年前の私たちの社会。それは数十人から100人前後の集団が共同で狩猟採集を行い、食糧を分け合い、共同で子どもや高齢者の面倒を見ていた狩猟社会「Society1・0」です。それがおおよそ1万年前に農耕社会「Society2・0」となり、18世紀ごろには工業社会「Society3・0」に、そして1970年代から80年代にかけて日本を含めた先進工業国は「Society4・0」に移行しました。

 つまり、「Society1・0」に順応した遺伝子を持つ私たちには、他の社会への段階的発展についていくことが、そもそも困難だということです。「Society2・0」で貧富の差が生まれ、「Society3・0」で雨の日も風の日も働くようになりました。さらに「Society4・0」が前述したように追い打ちをかけます。「Society1・0」の遺伝子の私たちには耐え難いストレスです。現代人にはなぜストレスが多いのか、お分かりになりましたでしょうか。

 次回からは、ストレスによって生じるこころの病気について詳しくお話しする予定です。