循環器内科医 上野勝己氏

 高齢化社会に伴い、増えつつある病気の一つに大動脈弁狭窄(きょうさく)症があります。

 心臓の四つの部屋の出口に弁があり、心臓から大動脈に出ていく最後の出口が左心室についている大動脈弁です。3枚の花びらが合わさったような形で、左心室から大動脈へ血流をスムーズに流す役割をしています。

 大動脈弁狭窄症とは、この弁が硬化して十分に開かなくなる病気です。原因の80%以上が加齢による組織変性です。心臓は1日に10万回も拍動しています。それに伴い、弁も10万回開閉を繰り返すので、長生きをすればある程度傷んでくるのは仕方がないのです。

 大動脈弁狭窄症の前段階が大動脈弁硬化症です。米国の調査では65歳以上の3割に大動脈弁硬化症があり、その2%に狭窄症が認められました。別の調査では高齢者の正常弁の4割が5年間の経過で硬化症となり、その1%が狭窄症になったとのことです。重症になれば、手術やカテーテルで弁を取り換える治療(弁置換術)が必要となります。

 日本では、2008年は約6500件だった手術が、16年には約1万件に増加しています。手術ができない高齢者へのカテーテル治療(TAVR、TAVIタビ)も1600件行われています。75歳以上の弁膜症手術の9割が、大動脈弁狭窄症によるものです。

 診断と治療方針の決定には、心エコー検査で弁の傷み具合を調べ、軽症・中等症・重症に分類します。重症になると労作時の息切れや失神、狭心症や心不全が起き、最悪の場合突然死につながります。手術の絶対適応ですが、エコー検査では症状が無い患者も多く存在します。

 大動脈弁狭窄症と診断されたら、必ず手術をしなければいけないのでしょうか? この病気では重症に分類されても、繰り返しの症状が無ければ、1年後の生存率は94%と報告されています。積極的な治療をした方が良いというわけではないのです。症状が無い場合、数カ月ごとに心エコー検査で経過を見て、症状が出現したら人工弁への置換手術などの治療を考えます。

 高齢者はさらに慎重な判断が必要です。80歳以上では手術の死亡率が7~14%もあり、術後の合併症では脳卒中、透析を必要とする腎障害が報告されています。持病があると、この数字はもっと高くなります。

 患者と人工弁のミスマッチ(PPM)の問題も深刻です。人工弁にはサイズがあり、必要十分なサイズの弁でなかった場合には、人工的に狭窄が作られてしまうのです。術前に無症状だった患者の場合、症状が出現して苦しむことになります。

 新しいカテーテル治療では、ウシの心膜から作られた生体弁を押し込みます。長期的な成績が不明なため、今は手術のできない高齢で、合併症のある重症患者に限定的に施行されています。製造企業の報告では、これら重症患者への通常の内科的治療では、5年後の生存率は6%でしたが、カテーテル治療がうまくいくと生存率は30%でした。慎重な判断が必要となります。

 これから大動脈弁狭窄症と診断される高齢者が増えていきますが、無症状の場合には、経過観察を選択しても間違いではありません。かかりつけ医とよく相談しましょう。

(松波総合病院心臓疾患センター長、羽島郡笠松町田代)