昨年末のレースでパドックを出る競走馬。1月後半から開催中止が続き、騎手や厩務員らの収入は大幅に減っている

 ここは春の足音が遠い笠松競馬場―。一連の不祥事で開催自粛となっているが、スピード感のない対応で「浄化」には踏み込めていない。騎手、調教師らの馬券購入疑惑の闇は深く、警察の捜査が長引いており、所得隠し関連でも主催者や第三者委員会の調査は後手に回っている。

 疑惑の解明が進まず、毎度おなじみとなった「公正競馬確保のため、引き続き開催を自粛します」というホームページのお知らせ。3月1日からの弥生シリーズ(5日間)もレース中止が決まり、4開催連続での「冬眠状態」。笠松競馬場を取り巻く環境は寒気が一段と強まり、ファンが待ち望むレース再開は先送りになってしまった。

 コロナ禍での緊急事態宣言、さらなる非常事態となって2カ月間のレース中止。愛馬を笠松の厩舎に預け、毎月10万円以上の預託料を払ってきた馬主さんは、レース賞金や出走手当を得ることができず。真面目に働いてきた騎手、調教師、厩務員らは賞金の「進上金」や手当をもらえず、厳しい生活を強いられている。現場では「在籍馬への補償があれば、何とか次につながる」というが、これ以上レース自粛が続けば、収入が大幅に減って生活を圧迫されるばかりだ。

 笠松で4開催中止は初めてのこと。期間限定騎乗で来ていた3人のうち、岩手の関本玲花騎手と金沢の池田敦騎手は、笠松で一度もゲートインできず、名古屋での騎乗もかなわなかった。年度末を控えているが、既に所属馬が激減した厩舎もあり、これ以上の自粛は何としても避けるべきだ。新年度のオグリキャップ記念(4月29日)など重賞競走の日程は発表されたが、開催を4月にずれ込ませてはいけない。痛みに耐え続けるホースマンたちの生活を守るためにも、3月16~19日のレース再開は「待ったなし」の状況だ。

 主催者サイドからすれば、昨年夏には1カ月半に及ぶ大規模な馬場改修を行ったし、今回の事件では出走予定だった競走馬への多額の補償費も必要となり、右肩上がりだった健全な経営状況が脅かされ始めた。レースが開かれないことにいら立ちを募らせるファンからは「どうなるんだろう、笠松競馬」といった声もじわじわと聞こえてきた。

1月12日のレースで整列する騎手たち。その後、4開催が中止になった

 1月22日、所得隠し問題を解明する第三者委員会を設置(税理士、弁護士計4人がメンバー)。古田肇知事は「インサイダー取引のような疑念を持たれており、事実関係の究明、再発防止策の策定を行い、遅くても3月には笠松競馬を再開したい」との意向を示していたが、自粛延長という悪い流れになってしまった。昭和の覚醒剤・八百長事件では60日ぶりにレースを再開できたが、それを上回り過去最長。1月12日の熱戦を最後に、レースは現状で62日間も開かれないことになった。

 一連の事件・疑惑は、昨夏の激震が始まりだった。特に現役の騎手3人、調教師1人が発表もなく、ひっそりと引退に追い込まれたのは衝撃的だった。「オグリの里」では昨年末、「2020十大ニュース」でも取り上げている。
 
 ■【十大ニュース8位】騎手、調教師の馬券購入問題で警察が捜査(6月20日~)

 「現場を激震、ファンにきちんと説明を」 笠松競馬の関係者が馬券を購入したとして、競馬法違反の疑いで岐阜県警が調教師1人と騎手3人を任意で事情聴取。調教師が管理する厩舎と4人の自宅などを家宅捜索した。地方競馬の調教師や騎手は、全ての地方競馬の馬券を買うことが禁止されている。岐阜県地方競馬組合は、ホームページ上で「警察の捜査に全面的に協力し、必要に応じて関係者に厳正な処分をする」。8月の馬場改修後には「競馬関係者の法令順守への意識改革、監視体制の強化を推し進めている。事件については、詳細が判明したら発表したい」。NAR広報課も「捜査が進んではっきりしたら、きちんとコメントしたい」としている。

 ■【十大ニュース4位】騎手3人、調教師1人の免許更新されず(8月1日)

 「突然、騎手一覧から顔が消えた」 トップジョッキーとして活躍した佐藤友則騎手をはじめ、山下雅之騎手、島崎和也騎手、尾島徹調教師は、NAR(地方競馬全国協会)の免許が更新されず「引退」扱いになった。4人ともまだ30代と若く、ファンに親しまれた人材を失い、笠松競馬にとって大きな痛手になった。理由は明らかにされていないが、年1回更新される免許交付がなく、地方競馬で騎乗できなくなった。ホームページや競馬場正門、東門の所属騎手一覧から、顔写真が突然消えたが、主催者サイドの説明はなし。笠松競馬に関わる全てのホースマンや、応援してきたファンのためにも、きちんとクリアに情報公開を行って、説明責任を果たしていくことが、今後の地方競馬のあるべき姿として求められている。

 尾島調教師は動画投稿サイトで、調教師免許をNARに返納したことを明かした。笠松競馬の馬券購入問題については「競馬ファンの皆さまを裏切る形になってしまった」と謝罪。騎手が故意に着順を操作する八百長疑惑について「操作はしていない」と強調した。

 ■笠松競馬騎手ら20人申告漏れ、計3億円超 名古屋国税指摘(1月19日)

 笠松競馬に所属する騎手や調教師、その知人ら約20人が名古屋国税局の税務調査を受け、2019年までに計3億円超の申告漏れを指摘された。このうち約2億円は騎手や調教師らが内部情報を悪用し、他人名義で購入した馬券の利益で、所得隠しと認定されたもようだ。いずれも既に修正申告したとみられる。
 
 馬券購入で所得隠しとされたのは、騎手や調教師をはじめ、手数料を受け取っていた親族・知人ら計10人ほど。家宅捜索を受け、免許が更新されずに引退した4人も含まれていた。騎手や調教師は、親族・知人の銀行口座を借りて馬券購入サイトに登録し、配当金の一部を手数料として渡し、残りを得ていたとみられる。

レース再開を信じて、攻め馬に励む騎手たち

 ■競馬法違反の疑いで捜査する警察の発表待ちか

 昨年6月、内部告発で発覚した騎手や調教師の馬券購入疑惑。警察の強制捜査が入り、騎手3人、調教師1人が「レッドカード」を突き付けられた形で一発退場。今年1月、名古屋国税局の税務調査で発覚した所得隠しは「イエローカード」の状態なのか。
 
 実態解明に時間がかかっているが、修正申告が済んだ所得隠しだけでは、主催者も厳しい処分は難しいだろう。問題の核心部分は「騎手、調教師らの所得隠しは、競馬法違反になる馬券購入絡みなのか」の一点に尽きる。馬券購入は払戻金の履歴が残るインターネット投票で、親族や知人の銀行口座に入金させ、数千万円の利益を得た者もいたという。

 騎手、調教師らに対する聞き取りの再調査。昨秋は「違法な馬券購入の事実は確認されなかった」というが、名古屋国税局の摘発を受けての調査でも、ファンに納得してもらえる形での解明は進んでいない。競馬法違反の疑いで捜査を進めている警察の発表待ちでもあるが、強制捜査からは既に8カ月が経過している。レース再開のためには、スピードアップが求められている。騎手たちは、ゲートインできる日を信じて、早朝からの攻め馬に励んでいる。

コロナ禍で入場制限はあったが、スタンド前で応援する笠松競馬ファンたち

 昨春からのコロナ禍による無観客開催では、馬券購入が電話・インターネット投票限定になり、不正行為が特定されやすい状況にもなった。一方、競馬場内の発売機や窓口で購入した「紙の馬券」なら、的中して換金してしまえばそれっきり。笠松本場近くでも開設されていた場外馬券売り場などで、騎手らが知人らに依頼して購入していたら、抜け道となった経路の特定は難しいだろう。競馬では、一時所得で年間50万円以上の利益があれば、税金の支払いが必要となるが、一般のファンでも正直に確定申告している人は少ないという。

 ■JRAでは調教助手ら100人以上、コロナ給付金を不正受給か

 一方、JRAでも激震があった。トレーニングセンター(美浦、栗東)で働く調教助手や厩務員らが、新型コロナウイルス対策の国の持続化給付金を不正受給した疑いが浮上。受給者は100人以上と証言する調教助手もおり、総額1億円以上になる可能性もある。ある調教助手は「給与だけでも平均的な会社員より稼いでおり、私たちがもらって良い給付金ではない」と話したという。

 農相は「返還させるなど厳正な対応を取るように」と指示。日本調教師会にメスが入った。JRAでは、昨年秋までにコロナ給付金の不正受給が行われている可能性を把握していたとみられるが、実態解明には後ろ向きだったという。国民の生活にも影響を与える不正受給は、レース開催を揺るがすような大きな問題であり、騎手や調教師も含めた徹底調査で、事実を明らかにするべきだ。

 競馬界で相次ぐ不祥事。ネット上では「不正はJRAでもあったのか」とか「笠松競馬の所得隠し・競馬法違反とJRAの給付金不正受給、どちらの方が悪質だろうか」といった声もあり、反響が大きい。今回、地方の小さな笠松競馬場に厳しい批判の目が向けられているが、公営ギャンブルを巡る「黒いカネ」などの不正疑惑は、笠松だけの問題ではない。馬券を買って応援してくれるファンのためにも、日本の競馬界全体が「よりクリーン」になる良い機会と捉えて、地方も中央も一層の浄化に努めてもらいたい。