乳腺外科医 長尾育子氏
今年も地域ごとに集団乳がん検診の予約受け付けが始まる時期となりました。コロナ禍ではありますが、検診が何とか予定通りに行われるといいと思っています。今日は自己チェックのこつと、後半は遺伝性乳がんについてのお話です。
検診が予定通りに行われるか心配な時こそ乳房の自己チェックが大切です。以前に乳房の自己チェックは乳房をつかまず、なでるように触ってくださいとお伝えしました。乳房の硬さには個人差があり触っても異常かどうか判断ができないという声をよく聞きますが、そのような時には左右の対応する部分を比較しながら触るのがこつです。自分の乳房を大きく4カ所に分け=図=、右のAと左のAを比較する、右のBと左のBを比較するという具合にチェックし、左右差のある部分はないかを調べてください。Aの部分は肋骨(ろっこつ)に触れやすく、異常なしこりと間違えやすいので、あれっと思ったら、横方向に長く続く骨ではないか意識してチェックする、そして反対側にも同じ特徴がないかを確認してみてください。
乳がんの原因を解明しようと研究が進んでいますが、一部の乳がんは遺伝との関係が深いことが知られています。遺伝性乳がんである遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の割合は全乳がんの5~10%と推測されます。原因はBRCA1、BRCA2という遺伝子の異常で、どちらかの遺伝子に変化がある場合、80歳までに乳がんを発症する累積リスクは70%、卵巣がんではBRCA1に変化がある場合は44%、BRCA2に変化がある場合は17%ともいわれています。そもそも原因遺伝子であるBRCA1とBRCA2は誰もが持っているがん抑制遺伝子であり、本来は遺伝子が傷付いたときに修復する働きを持っていますが、変異がある場合は乳がん、卵巣がんの発症率が高くなります。
HBOCを疑う特徴は若年発症のがんである、両側の乳房に乳がんができた、乳がんだけではなく卵巣がんも発症したことがある、などです。親子で同じがんになったというだけでは生活環境や食生活の習慣が関与している可能性が否定できず、遺伝性と断定することはできませんが、BRCA遺伝子の変異が親から子へ受け継がれる確率は50%で性別は関係ありません。
自分がHBOCではないかと心配になる方もいると思います。BRCA遺伝子変異があるかどうかを知るためには遺伝学的検査が必要となりますが、日本では2020年4月から、条件を満たせばこの検査が健康保険で受けられるようになりました。検査に保険が適応されるのは本人が乳がんと診断された人のうち次の条件に当てはまる場合で、乳がんと診断されていない人は適応とはなりません。
①45歳以下である②60歳以下でトリプルネガティブ乳がんである(トリプルネガティブ=エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、Her2タンパクが陰性)③2個以上の乳がんができた④男性乳がんである⑤卵巣がんである⑥3親等以内に乳がんや卵巣がんを発症した人がいる、のうち一つでも当てはまる場合です。
HBOCと診断された場合には、乳房温存手術が可能な場合でも乳房全摘について検討する、進行再発乳がんの場合には適応となる分子標的薬を選択する、造影MRI検査を定期的に受けることを検討する、対側乳房や卵巣のリスク低減手術を検討する、というように、その後の診療を考えていくことができます。
再発遺伝学的検査を受けるということは自分自身だけでなく、家族や血縁者にも影響を及ぼす結果につながる場合があるデリケートな事項です。今日これを読んで、自分も検査の適応ではないかと思った場合、まずは主治医に相談してカウンセリングを受けてみてください。過剰に恐れずこれからできることは何かを考えることが大切です。
(県総合医療センター乳腺外科部長)