1年前のクイーンカップを制覇したボルドープリュネ。翌日には笠松競馬の調教師、騎手計4人が家宅捜索を受けた

 ここはコースアウトして「場外戦」が続く笠松競馬場。昨年6月に騎手、調教師による馬券不正購入事件が発覚し、ちょうど1年が経過。今年1月からのレース休止は半年に及ぶ。再開に踏み切れないまま、「次は何をやらかすのか」と注目を浴びる「不祥事のデパート」。逆風の中、迷走が続く笠松競馬はどこへ行くのか。そろそろ軌道修正して、コースへ戻ってほしいものだ。

 一連の事件は自ら招いたものではあるが、長引くレース休止に「もう廃止すべきだ」という厳しい見方のほか、「まだ再開していなかったのか」と嘆くファンの声も。事件発覚以降、競馬場を覆ってきた「黒い霧」の流れを振り返るとともに、体面ばかりに気配りして、なかなかレースを再開させられない「お役所競馬」の問題点を探った。

 ■消された名前と写真、隠ぺい体質は「地方競馬の闇」

 昨年6月9日、笠松のトップジョッキーが東海ダービーをニュータウンガールで初制覇。「(調教師の)先生に恩返しができた」と歓喜に浸っていたが、11日後、まさかの激震が走り、栄光から転落してしまった。 馬券の不正購入で内部告発を受けた岐阜県警が、競馬法違反の疑いで調教師1人と騎手3人を任意で事情聴取し、4人の自宅や厩舎を一斉に家宅捜索。笠松競馬場は約50日間の馬場改修に入ったが、視界不良に陥った。この頃はほとんど警察任せで、「自浄作用」を働かせなかった組合の対応のまずさが、年明けからの所得隠し・馬券不正購入発覚の追い打ちを食らうことになった。
 
 8月1日、家宅捜索を受けた4人の調教師、騎手は免許が更新されず、NARから事実上の「引退」宣告を受けた。3年連続リーディングに輝いた騎手やリーディング2位だった調教師も含まれており、4人はいずれも30代。競馬場内やホームページの所属騎手一覧からは、ひっそりと名前と写真が消されていたが、NARと競馬組合から「引退」の発表は一言もなし。「警察の捜査中ですから」と理由は明らかにされず、こっそりと処理したような印象。情報公開に消極的な隠ぺい体質は「地方競馬の闇」であり、今回の事件を泥沼化させた。

 競走馬では、重賞5勝で笠松の大将格だったストーミーワンダーが、レース中の故障で亡くなっていた(昨年5月)。ファンらへの公式発表はなく、名馬も闇に消された。大きな落馬事故や競走馬の故障が発生した場合、人馬のその後の動向は、JRAでは発表されるが、地方競馬では無視されることがほとんど。競走馬は「経済動物」とも呼ばれ、地方競馬では「行方知れず」の状態になることも多く、ファンを悲しませてきた。生死に関わるような場合はできる限りオープンにするべきだし、競馬場を去った競走馬や騎手たちを、上から目線で「物扱い」する地方競馬界の体質こそが、 今回の事件の背景にあるように感じてきた。人馬を応援し馬券を買ってくれるファンのためにも、悪いニュースも隠さずに情報公開していくべきだ。

昨年9月、笠松競馬場で行われた西日本ダービーのゴール前。各地のトップジョッキーが腕を競った

 ■名古屋国税局のメスが入り、馬券購入問題再燃

 9月には西日本ダービーが行われ、各地のトップジョッキーが腕を競った。吉原寛人騎手・エアーポケットが、吉村智洋騎手・イチライジンの追撃をかわして優勝を飾った。その後、表立った不祥事は発覚せず、上限付きで観客入りとなり、「ウマ娘」ファンの姿もちらほら。場内はにぎわいを取り戻していたが、水面下では馬券購入事件の火種がくすぶっていた。 

 現役の騎手、調教師らの聞き取りも行われたが、身内でもある組合の調査では「違法な馬券購入の事実は確認されなかった」とし、新たな問題は浮上せず。10月には、引退した元調教師が動画投稿サイトで「競馬ファンの皆さまを裏切る形になってしまった」と謝罪。その後、馬券購入の実態についても暴露が始まった。

 「組合に引退届を出す時に、他の騎手や調教師も馬券を買っていたと、5~6人の個人名を挙げたが、隠ぺいされてしまった」。さらに、名古屋国税局に入られて(税務調査)、自ら修正申告したほか、「別の調教師の家族も国税局の調査を受けたが、8000万円の利益を得ていた」と注目発言。所得隠しで摘発のメスが入っていたことが暴露され、笠松競馬を巡る重大な事件へと発展した。結果的に、現役騎手らへの聞き取り調査が不十分だったことが元調教師の反発を招き、その後の「負の連鎖」につながってしまった。

 年明けの1月19日、名古屋国税局が笠松競馬関係者ら約30人による計3億円超の申告漏れを指摘していたことが発覚。共同通信社の配信記事で、全国ニュースとして一斉に流れ、大きな問題となった。この日から予定されていた笠松競馬の開催は自粛。第三者委員会が設置され、報告書で実態を解明。八百長問題については特定できなかったが、馬券不正購入による競馬法違反の罪で略式起訴された4人は「競馬関与禁止」。このほか新たに騎手5人と調教師3人が「競馬関与停止」、調教師1人がセクハラ行為などで「調教停止」の行政処分を受けた。

 この時点で騎手らの馬券不正購入問題は、大きなヤマを越えたと思われた。処分発表直後には、組合関係者も「6月9日からのレース再開は◎」と前向きだったが、別の問題で再び暗礁に乗り上げてしまった。処分発表とともに、責任を取る形で組合管理者は笠松町長から、16年ぶりに県副知事が務めることになった。県の主導となったが、再開時期の認識については、レース開催を目指す現場との間に食い違いも生じていた。 

攻め馬に励む若手騎手たち。レースがないため、厳しい生活を強いられてきた

 ■懸賞金10万円受領や所得申告漏れ再調査でもレース中止

 その後、SNS上の懸賞金10万円を笠松の騎手が受け取った問題が発覚。さらに、調教手当など所得申告漏れの聞き取り再調査が行われ、再開への動きはスローダウン。新しい組合管理者は「いつ再開できるか言える状況ではない。6月を税務調査に充てるとすれば、7、8月の再開も難しい」との見通し。4月の処分発表から、さらに4カ月以上もレースを再開できない異常事態になった。
              
 ここで疑問を感じることは、SNS上の懸賞金受け取りや所得申告漏れが単独で発覚した場合、「競馬開催を中止にするほどの大きな問題なのか」ということだ。所得申告の再調査は、第三者委の調査が不十分だったため。セクハラ問題では詳細に解明したのに、肝心の所得調査は落ち度があったことになる。

 懸賞金受け取り問題が起きたのは3月だが、騎手らへの補償(騎乗手当相当分)が4月の処分発表まで保留扱いになり、支給されなかったことも一因。「生活費の足しにした」という騎手の言葉通りで、調教後にバイトに精を出す騎手も多くいたという。この頃、騎手の収入は調教手当だけで、4月まで厳しい生活を組合に強いられていた。補償費の支給は「前借り」のような形で得ていた騎手もいたが、組合の対応にもう少し配慮があれば、懸賞金問題は防げただろう。攻め馬やレースでは体力勝負。命懸けで挑む騎手や競走馬に、血の通ったサポートをお願いしたい。
 
 馬券の不正購入問題では、騎手免許を取り消された元騎手2人が、競馬組合とNARを相手に処分の取り消しを求め、岐阜地裁に提訴した。今後も、いろいろな問題が浮上し、組合は対応に苦慮することになりそうだが、再開への取り組みをこれ以上ストップさせてはいけない。

笠松競馬のパワースポットとしても人気を集めているオグリキャップ像=2014年1月、年越しイベント

 ■今こそ「現場の底力」発揮を
 
 当欄「オグリの里」の連載は、2004年秋に笠松競馬経営問題検討委が出した「競馬事業を速やかに廃止すべき」という中間報告に怒りを感じたことが出発点。オグリキャップという日本競馬界のスーパーヒーローが育った競馬場の灯を消さずに、存続させていこうという立場である。

 笠松競馬はこれまで、経営難の時代にも賞金・手当の大幅カットや、基金を取り崩すなどしてピンチをしのぎ、赤字に転落したことはない。2013年度以降はインターネット販売が好調で馬券売り上げは右肩上がり。8年連続で黒字を確保しており、3月の時点で環境整備基金など約38億円の蓄えができたという。このため経営面では存廃問題などは浮上していない。現状では、馬主をはじめ騎手、調教師、厩務員への補償費は支給できており、厩舎関係者は再開への希望を失わずに、何とか持ちこたえてもらいたい。
 
 騎手8人が相次いで引退となり、生き残った騎手はわずか10人。競走馬も100頭以上激減し、厳しい状況は続くが、ここが踏ん張りどころ。真面目に働いてきた厩舎関係者、競馬場の業務に関わる人たち、ファンを含めて笠松競馬を愛する全てのホースマンが浄化へ一丸となって「現場の底力」を発揮。負の連鎖を断ち切り、どん底からはい上がってレース再開につなげたい。