脳神経外科医 奥村歩氏
ある程度、年齢を重ねれば「人や物の名前が出てこなくなった」「探し物が増えた」という現象は、どなたにも起こってきます。ただ、日ごとに気になる「もの忘れ」。ご自分の「もの忘れ」が、単なる年のせいか、それとも認知症の前兆なのかと、不安を感じる方も多いことでしょう。
アルツハイマー型認知症は、ある日突然、私たちに訪れる病気ではありません。その原因となるアミロイドβ(ベータ)が脳内にたまり始めるのは、認知症になる数年前からであることが分かっています。
この認知症の早期診断・早期対応について活路を見いだしたのが「MCI(mild cognitive impairment、軽度認知障害)」という概念です。MCIとは、一言で言えば「認知症予備群」のことです。年のせいとは言い難い、アミロイドβのような“認知症の種(たね)”が原因による、心配な「もの忘れ」が現れ始めた状態がMCIです。表は、MCIに特徴的な症状のチェックリストです。
MCIはアメリカで提唱されて、日本では軽度認知障害と直訳されました。この影響もあって、MCIイコール「軽度の認知症」であると誤解されがちです。しかしMCIとは、日常生活に大きな支障を来す認知症とは似て非なる状態。MCIは、適切に対応すれば認知症になるのを予防できる、という前向きな概念なのです。MCIでは、思考力・判断力・自己決定能力が保持されています。そのためご自身が生活習慣に気遣い、認知機能を維持・改善できる可能性があるのです。バランスの良い食生活・適度な運動・高血圧や糖尿病などに対する体調管理、そして社交性の維持が重要になります。
さらに今年は、MCIの治療に大きな変革が訪れました。日本で初めて、MCIを対象にした新薬「レケンビ」(レカネマブ)が登場したのです。MCIが認知症に進む際に最もリスクを高めるのが、脳内にアミロイドβがたまってくる状態です。このアミロイドβを除去する有効な薬剤がレケンビです。画期的な新薬に伴って、脳内のアミロイドβの有無を調べるアミロイドPET検査が保険適応になりました。レケンビの治療対象になる方を適正に診断するために、アミロイドPET検査は重要です。
ただし、アミロイドPET検査は、通常の健康診断のように最寄りの病院で施行できるものではありません。MCIを診察する認知症専門医が、PET検査の必要性を判断し手配いたします。日本認知症学会のホームページに、岐阜県の専門医リストが掲載されています。「もの忘れ」で悩む方。不安を抱えたまま過ごすより、今の状態を知ることで、困難を乗り越えられる一歩になるのではないでしょうか。まずは受診されてみてはいかがでしょう。