乳腺外科医 長尾育子氏

 今回は乳がんのホルモン療法についてのお話です。乳がんのうち、女性ホルモンであるエストロゲンによって増殖が増すホルモン受容体陽性乳がんは全体の約70%を占めています。ホルモン(エストロゲン)受容体陽性乳がんに対するホルモン療法(エストロゲンの作用を抑える治療)は、乳がん再発の抑制やがんの進行を遅らせる目的で行います。

 ホルモン療法のお薬はいろいろな種類があり、閉経前後ではエストロゲンが作られる場所が違うため、用いられるホルモン療法薬も異なっています。最も代表的な術後ホルモン療法は、閉経前の方に対する抗エストロゲン剤(タモキシフェン)内服とLH-RHアゴニストの注射、そして閉経後の方に対するアロマターゼ阻害剤内服です。主な副作用には、ホットフラッシュ(ほてり、のぼせ)、脱毛、性器出血、膣(ちつ)の乾燥、血栓、関節・骨の症状、肝機能異常などがあります。

 最も頻度が高いのはホットフラッシュで、急激に体が熱くなるのを感じ、顔や首が赤くほてり大量の汗をかくなどの不快な状態が数分から10分程度続きます。更年期のホットフラッシュに対してはホルモン補充療法を行う場合がありますが、乳がんの治療を受けた方は再発リスクが増加するため適応ではありません。ホットフラッシュは適度な運動やストレスの管理、または漢方薬の併用で軽減することもありますが、完全に症状をなくすことは難しいため、温度調節の可能な服装を選択するなど、自分なりに乗り越える工夫が必要です。

 脱毛は、毎日の抜け毛が目立ちいつの間にか頭髪量が減ったとのエピソードが多く聞かれます。かつらを必要とする方は少ないですが、当院では必要に応じて皮膚科での投薬加療をお願いしています。

 閉経後の方に用いるアロマターゼ阻害剤の副作用としては、関節痛と骨密度低下が知られています。朝の手のこわばりは、日中に関節を動かすうちに症状が和らぐことが多いので、起床時には手指の関節をほぐすように動かしてから活動を開始することをお勧めしています。骨密度低下は、一般的にはエストロゲン分泌が低下する40代半ばから50歳ごろに進行しますが、アロマターゼ阻害剤によりさらに深刻となる可能性があります。食事と運動には注意し、程度によっては投薬加療を必要とします。

 これらの副作用は、更年期障害にみられるつらい症状に似ており、大豆イソフラボンやエクオールといったサプリメントを飲んでもよいかとよく聞かれます。これらを乳がん術後に内服することは、一般的には問題はありません。私は、毎日の食生活に大豆製品を取り入れていくことをお勧めしています。

 ホルモン療法は、抗がん剤など他の治療に比べて副作用が少ないとされていますが、術後治療の場合には5~10年間の継続が推奨されており、この長い期間、治療と生活を両立することは大変なことです。副作用と上手に付き合えない場合には、主治医に相談しながら、治療を中止することなく、継続することが大切です。