産婦人科医 今井篤志氏

 感染者数が新聞やテレビで報道されなくなりましたので、最近は新型コロナウイルス感染症が落ち着いたように思いがちです。しかしいまだに一定数の感染は続いています。これまでの経験から、症状が収まった後のウイルスそのものの影響や後遺症に関する知識が集まりつつあります。心臓、肺、腎臓といった生命に関わる臓器への影響ばかりが注目されていますが、妊活中のカップルにとっては精子への悪影響も注意しなければなりません。

 スペインの多施設(不妊治療専門クリニック)での集計結果が注目されています。通院中の男性の新型コロナ感染前と感染100日後を比較すると=図=、精液の量は20%減少し、精子の濃度は26・5%低下していました。精子の総数は37・5%、運動率は9・1%、生存精子率は5%減少していました。しかも、約半数の男性では、総精子数が50%以上の減でした。この100日という数字は、精子が新たに作られ射精されるまで3カ月ほど要するために設定された期間です。精子の形態的な評価についても、形が異常を示す精子が60%以上という高い頻度で確認されたという報告もあります。

 それでは、どのようなメカニズムで精子の形成が抑えられるのでしょうか。以前から、新型コロナに感染すると精液の中に炎症を示すサイトカインが見つかっていました。また、新型コロナ感染症で亡くなった方の精巣を調べると、①精巣に新型コロナが存在していた②精巣内で新型コロナを引き寄せるACE2の産生が高まっている③精子の形成が障害されていた、ということが明らかにされました。つまり、新型コロナウイルスサイトカインを介して精子の形成障害を引き起こす可能性が示されました。

 精巣内の細胞が障害を受けるので、生殖機能をつかさどる男性ホルモン(テストステロン)も大幅に変化します。性交渉に支障を来すことも考慮する必要があります。

 重症度と精子への影響は関連しています。通常の夫婦生活では妊娠しにくいレベルの精子濃度(乏精子症、1500万/ミリリットル以下)にとどまらず、ICU(集中治療室)入院経験者では精液中に全く精子が存在しない無精子症にまで落ち込みます。

 軽症の新型コロナ感染で済んだとしても、3カ月以上にわたって精子の質が低下します。また自分では感染したことに気付かない不顕性感染が増えています。妊活中の方のみならず、精子の状態を見てみたいという方は「精子の元気さ」を調べるキットが市販されています。精子の形態の評価までは難しいのですが、精子濃度と運動率そしてこの二つをかけ合わせた「妊孕(にんよう)性を反映する運動精子の濃度」を調べることができます。