循環器内科医 上野勝己氏

 コロナ禍による病床逼迫(ひっぱく)のために、都内で急性心筋梗塞の80代の女性が10カ所以上の病院に断られ、死亡したとの新聞報道を見ました。近年は、80歳以上の高齢者だけでなく平均年齢50歳前後の若年者の心筋梗塞も珍しくありません=グラフ上=。さらに、女性の心筋梗塞患者の病状は、高齢でなくても男性より深刻で重症化しやすく、死亡率も高いことをご存じでしょうか。

 心筋梗塞は時間との勝負です。発症から少しでも早く治療することで救命率が上がります。しかし女性では心筋梗塞患者の4割程度は、典型的な激しい胸痛ではなく非典型的症状(息苦しさ、吐き気や腹痛、背中や顎の痛み、目まいや立ちくらみなど)であるため、発症から病院に受診するまでの時間が男性よりも有意に長く、また受診しても診断・治療が遅れやすいのです。

 以前は、男性心筋梗塞患者が女性の3~5倍あり、特別な基礎疾患がない限り女性は心筋梗塞とは縁遠いものといった印象がありました。これは女性ホルモンであるエストロゲンの、動脈硬化を防ぐ作用のためと考えられています。

 女性は閉経後にはエストロゲンの作用が失われることや総コレステロール値が上昇してくることが多いのですが、動脈硬化の進行にはそれなりの期間が必要なためすぐには心筋梗塞になりません。しかし平均寿命が延びたために、閉経女性では十分な期間、さまざまな危険因子の暴露を受けるため、男性と同等に心筋梗塞が増加していきます。当院の過去5年間の心筋梗塞のデータをみると、男女比は、60歳以下で6・7対1、61~70歳で3・4対1、71~80歳で2・5対1、81歳以上で0・9対1でした=グラフ下=。70歳を過ぎると女性の心筋梗塞が増えてきて80代では男女比が逆転しています。

 加齢に伴い女性に心筋梗塞は増えるわけですが、生活の欧米化による生活習慣病の増加やストレスの増加などの影響に男女差はあるのでしょうか。2018年に報告された英国の50万人(70歳未満、平均56歳)を平均7年間観察した研究では、やはり心筋梗塞発症率は男性に多く(1万人当たり男性24・4人、女性7・8人)、男女比は3・1対1でした。ただ、この研究は危険因子の影響(血圧、喫煙、糖尿病、肥満など)が男女で異なるかを調べていますが、すべての危険因子が男性よりも女性に対して強く影響していました。この報告では運動不足や現代的な食生活によって生活習慣病が増加していく中で、これらの危険因子(特に喫煙、糖尿病、高血圧)にさらされた女性の心筋梗塞患者がさらに増えていくと警告しています。

 女性の心筋梗塞は非典型的な症状のため発見が遅れ重症化しやすく細心の注意が必要です。女性は心筋梗塞になりにくいという時代は過ぎ去ろうとしています。

(松波総合病院心臓疾患センター長、羽島郡笠松町田代)