墓標 秘ストリー 決戦で散った「義の武将」 大谷吉継(関ヶ原町/戦国時代) 2024年12月8日 13:43 静寂の山中にたたずむ大谷吉継の墓所。戦前に国史跡に指定された。吉継は関ケ原の戦い直前に改名しており、石碑には「大谷吉隆」と刻まれている 吉継の墓の五輪塔(右)。隣に家臣湯浅五助の墓が寄り添っている。全国から歴史ファンが訪れ、供花が絶えることはないという=不破郡関ケ原町 山の中に立つ大谷吉継の陣跡の碑。すぐ裏手には横堀の痕跡が残る=不破郡関ケ原町 大谷吉継の陣跡近くに整備された展望台。正面奥の松尾山を眺望することができる=不破郡関ケ原町 展望台には顔出しパネルがあり、大谷吉継の気分になって松尾山を眺めることができる=不破郡関ケ原町 天下分け目の決戦地、不破郡関ケ原... 残り1645文字(全文:1662文字) この記事をお読みいただくには「デジタルプラン」または「宅配+デジタルプラン」の会員登録が必要です。無料会員の方はログインしてマイページからコース変更してください。デジタルプランまたは宅配+デジタルプランをご登録中の方はログインしてください。 岐阜新聞デジタル会員に登録すると 無料会員向け記事が読める ニュースレターで最新情報が受け取れる デジタルプラン、宅配+デジタルプランなら Webオリジナルコンテンツが読める 紙面ビューアが読める チケットの先行発売に参加できる お得なクーポンが使える 新規登録ページ ログインページ トップ 墓標 秘ストリー 決戦で散った「義の武将」 大谷吉継(関ヶ原町/戦国時代) 関連記事 「本能寺」後岐阜で供養 織田信長公父子廟 岐阜市の崇福寺/戦国時代 女城主の「悲運」伝える 大将陣(恵那市岩村町/戦国時代) 明智光秀「生存伝説」山県に逃げ延びた? 桔梗塚(岐阜・山県市/戦国時代) 郡上一揆命懸けた義民「那比村藤吉」 岐阜県郡上市八幡町/江戸中期 水に沈んだ「生存伝説」 新田義貞 岐阜・揖斐川町(旧徳山村)/鎌倉末期~南北朝期 宝暦治水、難工事で散る 薩摩義士13人の墓(岐阜・海津市南濃町の円成寺/江戸中期) おすすめ記事 「1日貸し切り鵜飼」今年も販売します 岐阜市が事業者募集、料金は昨年より下げ 春を先取り 岐阜市・梅林公園で幻想的ライトアップ 岐阜市の寺院で「福だるま供養」 安全や幸せ願う 村瀬心椛選手「お父さんが私のお父さんでよかった」感謝の言葉、何度も 壁乗り越えた家族の支え