「右玉(みぎぎょく)の本を書いてもらえませんか?」
息子明浩のプロ入り1年目、出版社から本の執筆依頼がありました。本人も驚いていましたが、「高田四段は小学生名人戦でテレビ出演したときから右玉のイメージが強いので、ぜひ右玉の本を執筆してほしい」と言われたそうです。右玉とは、玉を通常の居飛車の場合とは逆の右側に移動させ、飛車を下段に落として守備に利かせる戦法のことです。
しかし、執筆は思うようには進みませんでした。息子が悩んだのは、「右玉戦法の本だから、相手方の手を緩手(かんしゅ)(緩い手)にして、右玉が成功する手順を書くのか」「相手方の手も最善手にして、右玉側がそれほど良くはならない手順を書くのか」ということでした。
前者は戦法の狙いは分かりやすいですが、最善手ではなく正確性に欠けます。そのため、初心者向けといえそうです。後者は実戦に近いですが、内容が難解になるため、上級者向けです。
息子は、右玉戦法は主にアマ高段者が指す戦法であることから、後者の執筆方法を採ることにしました。こうしてできた著作「高田明浩の右玉新時代」(マイナビ出版)の執筆は、右玉戦法の深い理解にもつながったようです。
2年目の春には、新聞社からエッセーの執筆依頼を受けました。回数は4回と決められていたので、息子は、「何を書こうかな。いろいろ書きたいことがあるな」と楽しそうに話していました。
最終的には、「AI研究の将棋でなく、意図的に力戦(定跡から外れた戦い)調の将棋にしていること」「奨励会時代に記録係や塾生(雑用係)の経験から得られたこと」「研究会で駒に触れる幸せ」「オールラウンドな力戦党を目指していること」について書いていました。
息子が初めて棋士として文章を書いたのは、「昇段の記」です。そのときは、何を書こうか迷っていたので、私は、「どんな人が読むかを考えて書くといいよ」とアドバイスしました。
その後は、自分で読者のことを考えて、文章を書くようになりました。今では、文章だけでなく、色紙を書くときも、揮毫(きごう)する言葉を変えています。
大会の賞品となる色紙に、さまざまな言葉を書く様子を初めて見たときは驚きましたが、「参加する子のレベルや部門を考えて、言葉を変えている」と聞き、感心したことを覚えています。
この連載は、将棋が好きな方だけでなく、子育ての参考に読まれている方も多いようです。そのため、将棋の内容については、できるだけ丁寧に書くよう心がけています。この連載が、読者の皆さんにとって、将棋の楽しさや奥深さを知る機会になればうれしいです。
(「文聞分」主宰・高田浩史)
=随時掲載、題字は高田明浩五段=