~fMRIによるASDの新たな理解~
2025年7月4日
早稲田大学
福井大学
成人自閉スペクトラム症者と定型発達者における 身体部位の脳内表象構造が類似 ~fMRIによるASDの新たな理解~
【発表のポイント】 〇コミュニケーションに困難を抱える自閉スペクトラム症(ASD)者は、身体部位や顔の知覚が苦手とされています。 〇成人のASD者が人の身体や顔をどのように見ているのかを、外側後頭側頭皮(LOTC)という脳部位の活動から調べました。 〇表象類似度分析という解析を行ったところ、ASD者も定型発達(TD)者も同じように、身体部位を見たときの脳活動のパターンを「顔」「手足」「胴体」という3つのクラスターに分けることができました。 〇この結果は、「身体部位の見え方」に関する低次な視覚的働きが、ASD者とTD者で類似している可能性を示しています。 |
図 身体部位の表象構造が自閉スペクトラム症(ASD)者と定型発達(TD)者で類似
早稲田大学人間科学学術院の栗原 勇人(くりはら ゆうと)助教、大須 理英子(おおす りえこ)教授、岡本 悠子(おかもと ゆうこ)客員次席研究員らを中心とした研究グループは、福井大学の小坂 浩隆(こさか ひろたか)教授らと共同で、成人の自閉スペクトラム症(ASD)者が他者の身体をどのように認識しているのかを明らかにする研究を行いました。fMRI※1という脳の活動を可視化する技術を用いて、身体の各部位を見ているときの外側後頭側頭皮(LOTC)※2という脳領域の反応を比較しました。表象類似度分析(RSA)※3という解析を行ったところ、ASD者と定型発達(TD)者とのあいだで、顔や手足、胴体といった部位ごとの分類パターンがよく似ていることが分かりました。これはASD者が他者と関わる際に困難を感じる理由が「見え方」そのものの違いではなく、見えた情報をどのように解釈・理解するかといった、より高度な認知の過程にある可能性を示しています。
本研究成果は、「Imaging Neuroscience」に2025年6月5日にオンライン公開されました。
キーワード
自閉スペクトラム症、身体認知、外側後頭側頭皮質、表象類似度解析、fMRI
(1)これまでの研究で分かっていたこと
ASD者は、他者の顔や身体から感情や意図を読み取るのが難しいことが知られています。この困難は視覚情報の処理やコミュニケーション上の課題と関連すると考えられてきました。さらに、これまでの脳画像研究では、ASD者は「身体の部位」に反応する脳領域である外側側頭後部皮質(Extrastriate Body Area:EBA)や「顔」に反応する紡錘状顔領域(Fusiform Face Area:FFA)の活動が、TD者と比べて弱いという報告が多数あります。とくに模倣されるなど、社会的インタラクションが求められる場面では、これらの領域の活動に差があることが示されています。しかし、身体の「見え方」、すなわち視覚的に身体の部位をどのように区別しているのかについてはこれまで十分に検証されていませんでした。そのため、ASD者のコミュニケーションの難しさが視覚処理に起因するのか、それとも高次の情報処理にあるのかわかっていませんでした。
(2)新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法
本研究では成人のASD者が他者の身体を見たときに、脳内でどのようにその情報を整理・構造化しているのかを明らかにすることを目的としました。従来の研究では、「身体の反応の強さ(活動量)」の違いに注目したものが多く、身体の各部位が脳内でどのような意味的まとまりとして扱われているかを直接比較する手法を用いたものはほとんどありませんでした。そこで、本研究ではASD者とTD者が身体の部位をどのように「カテゴリー分け」して脳内で表現しているのかを検証することを新たに試みました。
この目的を達成するため、ASD群とTD群それぞれに対して、身体の各部位(顔、手、腕、脚、胸、腰など)および椅子の画像を提示し、画像を見ている間の「外側後頭側頭皮質(LOTC)」という脳領域の活動を機能的磁気共鳴画像法(fMRI)により計測しました(図1)。
図1 外側後頭側頭皮質
計測した脳活動データに対しては、表象類似性分析(Representational Similarity Analysis:RSA)と呼ばれる多変量パターン解析手法を適用しました。RSAは異なる刺激に対する空間的な脳の反応パターン同士の「類似度」に着目することで、脳内でどの刺激同士が「近いもの」として扱われているかを明らかにするものです。つまり、この解析は単なる反応の強さを調べるのではなく、構造的な分類のされ方を検証できるという長所を持っています。本研究ではこのRSAを用いて、身体部位の表象構造をASD群とTD群で比較しました。
解析の結果、ASD群とTD群のいずれにおいても、身体の部位は左右LOTC内で「顔(=コミュニケーションに関わる部位)」「手足(=動作に関わる部位)」「胴体(=行動に関わらない部位)」の3つの意味的なグループに分けて整理されていることが分かりました。つまり、ASD者においても、身体の視覚的なカテゴリー化の仕組みはTD者と大きく変わらないことが示されました。さらに、RSAによって得られた脳内の類似性マップは、統計的に非常に高い類似度を示し、両群の構造的表現がとてもよく似ていることが裏づけられました。
図2 身体部位の表象構造がASD者とTD者で類似。右側LOTCだけでなく、左側も同様な構造を示した。
加えて、今回の研究ではRSAに加え、分類ベースのマルチボクセルパターン解析(MVPA)※4も導入しました。これは脳活動パターンから提示された身体のカテゴリーを機械学習的に分類する手法で、カテゴリー間の分類精度が高いか調べるものです。MVPAの結果もRSAと一致し、顔・手足・胴体というカテゴリーが明確に区別されていました。本研究の成果は、ASD者が他者の身体を「見て識別する」段階の脳内処理には、TD者と大きな違いがないことを明確に示しました。
(3)研究の波及効果や社会的影響
本研究では、成人のASD者において、身体の各部位を視覚的に捉えた際の表象構造がTD者と類似していることを示しました。加えて、今回の研究では、コミュニケーションや感覚過敏・鈍麻、運動の苦手さとLOTCの活動との間に有意な相関関係がみられませんでした。この結果はこれらの特性が身体の見え方以外の脳の働きの違いに起因する可能性を示唆するものです。同研究チームのこれまでの研究では、模倣される場面などにおいて、LOTCの活動が低下することが報告されており、コミュニケーションや感覚過敏・鈍麻、運動の苦手さは対人コミュニケーションに関わる高次機能に関連していると考えられます。このように、多岐にわたるASDの特徴の背景にある脳機能を解明することは、今後のASD支援方法を検討するうえで重要な手がかりとなります。
(4)課題、今後の展望
本研究は成人のASD者を対象にしているため、幼児・青少年における身体部位の表象構造については十分に分かっていません。また、サンプルサイズにも限りがあるため、幅広い特性をもつASD者の方すべてに当てはまるとは限りません。今後は幼児・青少年から成人まで年齢の幅を広げた大規模な調査や、長い期間を追いかける研究などを進めることで、成長の過程で身体の見え方や社会的困難さがどのように変化していくのかを詳しく検討していく必要があります。
(5)研究者のコメント
本研究では、成人のASD者の身体の基礎的な視覚認知がTD者とほぼ同等の構造をもつ可能性が示されました。これは、ASD者のコミュニケーションの苦手さが視覚の初期処理に起因しないことを示唆する重要な知見です。ASD者に対する適切な支援につなげることで、より包括的な社会づくりに寄与できればと考えています。
(6)用語解説
※1 機能的磁気共鳴画像法(functional Magnetic Resonance Imaging: fMRI):
脳内での血流変化を計測し、どの領域がどの程度活動しているかを画像として示す装置や技術のこと。
※2 外側後頭側頭皮質(Lateral Occipito-temporal Cortex: LOTC):
脳の後頭部と側頭部にまたがる領域で、視覚情報、とくに「身体」や「人の動き」などに反応する働きがあるとされている。
※3 表象類似度分析(Representational Similarity Analysis: RSA):
脳にコードされている情報の内容を脳活動に基づく刺激間の距離構造と刺激の特性に基づく刺激間の距離構造を比較することで推定する手法である。本研究では、身体部位の視覚刺激に対する脳活動のパターンから脳活動に基づく距離構造を算出し、自閉スペクトラム症(ASD)者と定型発達(TD)者との構造の類似性について検討した。
※4 マルチボクセルパターン解析(Multi-voxel pattern analysis: MVPA):
脳のfMRIデータを画素(voxel)単位で扱い、それら全体が形成する活動パターンを解析する手法である。fMRIデータは、撮像の時間間隔(反復時間:TR)ごとに各voxelが信号値(賦活値)をもつ3次元時空間データであり、通常の単変量解析(univariate analysis)では各voxelを個別に統計的仮説検定(一般線形モデル:GLM)にかける。これに対しMVPAでは、それぞれのvoxelの賦活をひとまとまりのパターンとして解釈し、機械学習の手法を用いて分類や予測を行う。
(7)論文情報
雑誌名:Imaging Neuroscience
論文名:Visual Body Part Representation of the Lateral Occipitotemporal Cortex in Individuals with Autism Spectrum Disorder: A Univariate and Multivariate fMRI Study
執筆者名(所属機関名):栗原勇人(早稲田大学人間科学学術院)、小坂浩隆(福井大学医学系部門)、Bianca Schuster (ウィーン大学)、北田亮(神戸大学)、河内山隆紀 (国際電気通信基礎技術研究所)、岡沢秀彦(福井大学高エネルギー医学研究センター)、大須理英子(早稲田大学人間科学学術院)、岡本悠子(早稲田大学人間科学学術院)
掲載日時(現地時間):2025年6月5日(木)
(8)研究助成
研究費名:科研費・ 基盤研究C
研究課題名:高次視覚野発達による自閉症のサブグループ化と認知行動特性・初期兆候の探索(21K02390)
研究代表者名(所属機関名):岡本悠子(早稲田大学人間科学学術院)
研究費名:科研費・基盤研究A
研究課題名:文化差の形成と異文化受容のメカニズム解明を目指す学際的研究(24H00179)
研究分担者名(所属機関名):岡本悠子(早稲田大学人間科学学術院)