参院選公示を前に日本記者クラブ主催の討論会で手をつなぐ与野党の8党首。左から、参政党の神谷代表、共産党の田村委員長、公明党の斉藤代表、立憲民主党の野田代表、自民党総裁の石破首相、日本維新の会の吉村代表、国民民主党の玉木代表、れいわ新選組の山本代表=2日午後、東京・内幸町
 参院選が公示され、第一声を上げる自民党総裁の石破首相=3日午前、神戸市

 第27回参院選は、序盤戦から中盤戦へ差しかかろうとしている。共同通信社の電話調査によると、非改選を含む過半数を巡り与野党が競う展開だ。自民、公明両党が過半数を割れば、衆院で少数与党の石破茂首相(自民総裁)は政権運営に行き詰まり、政権交代が起きる可能性も否定できない。国の針路に関わる「事実上の政権選択選挙」と位置付けられる。だが、それに見合う盛り上がりは感じられず、どこか物足りない。なぜなのか。与野党それぞれに要因があるように思える。

 ▽袋だたき

 「楽しい日本」。1月の通常国会開幕時の施政方針演説で、首相が柱の一つに据えたスローガンだが、ぴんとくる方はどれぐらいいるだろうか。

 石破政権は、自民派閥裏金事件で自民に逆風が吹き荒れる中、昨年10月に発足した。直後の衆院選は「日本を守る」を公約のキャッチフレーズに“守り重視”で臨んだが、結果は与党過半数割れの大敗。「楽しい日本」には、巻き返しに向けて国民に前向きなメッセージを打ち出す狙いがあったようだ。自民筋は「首相が決めた」と明かす。

 それから約半年。首相の発信は、自身がモットーとする「国民の納得と共感」を得たとは言い難い状況だ。公の場で「めちゃくちゃ評判が悪い」「何が楽しいんだ、何を言ってるんだとおしかりを受ける」「袋だたきに遭った」とこぼすほど。今回の参院選の自民公約パンフレットにも載っていなかった。

 政党や政治団体、候補者にとって、選挙は地力が問われる場だ。国の将来像や、その実現への道筋を分かりやすく明示し、その優劣を競い合う。有権者は内容を吟味し、ベストと判断する党などに一票を投じる。民主主義の土台である選挙の重要なプロセスと言える。

 首相は就任前、昨年6月放送のBSテレ東番組でこう発言していた。「単に首相になりたい、なりたいでは迷惑な話だ。この国をどうするんだときちんと考えるのが先だ」。政権を担い、衆院選、参院選を乗り越えるには、有権者の心に響くキャッチフレーズや、優れた政策が欠かせないと分かっていたはずだ。

 自民関係者は「首相が何をしたいのか、いまだに見えてこない」と突き放す。足元の自民内からも、そういう厳しい受け止めが聞こえてくる。肝心の有権者は「推して知るべし」ではないだろうか。これでは、なかなか熱を帯びた選挙戦にはならない。

 ▽当座しのぎ

 今回の参院選では、物価高対策を巡る論戦に注目が集まっている。

 立憲民主党の野田佳彦代表は、来年4月から食料品の消費税率を1年間0%にすると公約。公示日3日の宮崎県国富町での第一声で、石破政権の物価高政策について「無策だ」と非難した。これに対し、首相は神戸市で、消費税は医療や介護、子育ての財源だと力説。「その財源を傷つけることはあってはならない」と述べ、野党の消費税減税策を批判した。現金給付を年内に実施する意向を示した。

 物価高の処方箋は消費税減税か給付か―。確かに論点の一つではあるが、いずれも短期的な視点の政策だ。自民の閣僚経験者は「演説で給付に触れても、反応が悪い」と打ち明ける。

 将来の財政や社会保障に影響を与えかねないと、不安を抱く有権者も少なくないだろう。トランプ米政権の関税政策などで世界経済が先行き不透明感を増す中、中長期の成長戦略をどう描くかもポイントとなるはずだ。

 物価高対策が十分でないなら、急ぎ拡充する必要がある。だが、当座しのぎの「聞こえのいい」還元策だけが投票先を決める物差しとなる選挙で良いわけがない。

 ▽分岐点

 物足りなさが拭えないのは、野党にも一因がある。第1党である立民の責任は重い。

 「事実上の政権選択選挙」という重要局面なのにもかかわらず、野党はまとまりに欠ける。先の通常国会で立民、日本維新の会、国民民主の各党はそれぞれ与党との政策協議に動いた。今回の選挙でも、結束して与党と対抗するという意識は感じられない。

 立民の選挙戦は、消費税減税などを旗印に政権批判を前面に押し出しているように映る。厳しい言い方かもしれないが、有権者が「政治が変わる」と感じられるものも示してほしい。具体的な政権構想が求められる。

 参院選の歴史を振り返ると、選挙結果が日本政治を左右してきたことが分かる。1989年は自民が大敗し、宇野宗佑首相(当時)が退陣に追い込まれた。2013年は安倍晋三首相(同)が率いる自民が圧勝し、衆参両院のねじれを解消。その後の「安倍1強」時代へとつながった。

 今回の参院選は、政治の分岐点になる可能性を秘めた選挙だ。首相や野田氏は当然として、与野党幹部や各候補者には将来世代の評価に耐え得る論戦を強く望む。投票日は20日。今からでも決して遅くない。まだ時間はある。(共同通信社ニュースセンター整理部長・林浩正)