
オグリキャップが走っていた頃、場内に入ると怪しげな雰囲気だけど、何となく「ホッとできる」空間でもあった。職場のような上下関係はなく、雑踏での自由な空気感。笠松競馬場では幅広い世代のファンが往来し、馬券の当たり外れに一喜一憂していた。飲食店がスタンド2階にも数多くあったし、場立ちの予想屋さんの「もう一つの穴から狙ってみなさいよ」といった客寄せの声がいつも響いていて活気があった。
来場するファンの多さには圧倒された。一獲千金を夢見る馬券おやじたちが人垣をかき分けてさまよい、欲望が渦巻いていた。今回の「放浪記」では、普段は語ることがなかった笠松競馬場内外での裏話についても触れてみたい。

■ファン3万人超え、馬券販売10億円突破も
アンカツさんがまだ10~20代だった昭和の時代。笠松競馬場には「満員御礼」で入場できないほどのファンが押し寄せた。1979年末の東海ゴールドカップでは3万人超え、1日の馬券販売額は10億円を突破した。1年間の入場者は135万人を超えたこともあり、1日平均では何と1万人以上という驚きの数字だった。今春にはウマ娘ファンら1万人が来場したが、どちらかというと「馬券よりもグッズやグルメ、トークショーが目的」といった若者も多かった。
いつもの観戦場所は競走馬の動きが激しくなる第4コーナー寄りの西スタンドか、中央スタンド上部のドリンクコーナー近くだった。来場者にはゴール前など、それぞれお気に入りの観戦場所があり、顔なじみになることも多かった。
■「社長、おめでとう」確定前に配当ズバリ
笠松ならではの「名物おじさん」といえるユニークな来場者もいた。「踊る笠松おじさん」については、8月11日発売予定の「オグリの里4巻・挑戦編」でも詳しく紹介。もう一人、懐かしく思い出されるのが専門紙「競新」のおじさん。場内では予想紙を宣伝する「広報マン」のような役割だった。かばんの中から大当たりした過去の予想紙を取り出しては、的中実績をアピールしていた。

馬券が的中したお客さんには「社長、おめでとう」と言うのが口癖で騒がしかった。ゴール後には、馬券投票窓口のおばちゃんに払戻金をいち早く聞いていたようで、レース結果の場内アナウンスが流れる前に「ハイッ、①―⑦2580円」などと10円単位まで配当をズバリ。ファンの前で声を張り上げて注目を浴びていた。今なら確定前で「強制退場」になりそうでもあるが、当時は見慣れたシーンで、情報通として一部のファンに親しまれていた。
■馬券散乱し「拾い屋」のおじさんも
馬券投票所前の通路には外れ馬券が束になって大量に散乱していた。清掃員の手は回らず、ほとんどそのまま捨てられていた。ところがある時、一人のおじさんが落ちている馬券を拾い集めて、ポケットがいっぱいある作業ズボンや上着に次々と突っ込んでいた。どうやら清掃ではなく、馬券の「拾い屋」だった。「当たり馬券が誤って投げ捨てられ、落ちているかも」と手当たり次第に拾い集めていたのだ。きっとたまたま当たり馬券を拾って、おいしい思いをしたことがあったのだろう。
レース終了時には「あー外れた」と思い込んで、確定前に馬券を投げ捨てる客も多くいたが、写真判定になることもあれば、的中者なしで特払い(100円につき70円の払い戻し)になることもあった。
■最低人気トウホクビジンVで3連単的中者なし「特払い」
2009年10月29日、笠松競馬場で行われた岐阜金賞(10頭立て)では、尾島徹騎手が騎乗した最低10番人気(単勝49.2倍)のトウホクビジンが最後方から大まくりを決めて優勝。2馬身差の2着に6番人気ディアボロス、さらに1馬身半差の3着に9番人気ニュースターガールが入った。3連単は的中者なしの「特払い」となったのだ。重賞では極めて珍しいレース結果となった。

トウホクビジンは「鉄の女」とも呼ばれ、全国の重賞レースを中3日など過酷なローテで駆け回った。重賞出走回数は国内最多の130回で、現存した地方競馬場全場のレースに出走した。岐阜金賞では、10月に入って「名古屋→金沢→大井→笠松」と4戦目の重賞参戦。前走しんがり負けからまさかの激走を見せて重賞2勝目を飾ったのだ。
岐阜金賞はメインレースでライブ観戦していた。上位人気馬が馬券圏外に去った時点で、購入馬券が外れたと思い、ゴール直後や帰り際に投げ捨てたりしたファンも多くいただろう。3連単購入者は全員外れたのだが、まさか特払いになって払戻金があるとは。レース後の帰り道、もしかしてと東門近くのゴミかごをのぞいてみると、やはり3連単の馬券が捨てられていた。
■3連単296万円超、3連複は特払い
現場にいると馬券の大半が紙くずになるが、「拾い屋」と呼ばれる人にとっては、大金に大化けすることもあったのか。特払いとなった岐阜金賞では、拾い上げておいしい思いをした人も多くいたことだろう。

ネット上では「特払いの車券は何回か拾ったことがあります」との書き込みもあった。ユーチューブでは、捨てられた馬券の検証番組もある。JRAのレースでゴミ箱から拾い上げた約1500枚のうち1枚だけ(低配当の3連単)当たっていたとか。近年はネットでの馬券購入が大半となり、入場者が激減。清掃も行き届いている笠松では「拾い屋」の姿はもう見られなくなった。
超レアケースの特払い。JRAでは50年以上も出現していない。笠松では馬券の売り上げが落ち込んでいた2010年前後に時々発生。枠単の2→3、6→5で特払いとなった。同じ目の馬単ではそれぞれ6万5210円、20万7160円の高配当。12年1月9日には3連単296万2120円で、3連複は特払いになった。13年7月に馬単でも発生。その後は「Ⅴ字回復」で馬券の販売額も増えて、特払いは出にくくなった。オッズを見ながら無投票の3連単に1票だけ投じ、独り占めを狙うマニアックなファンもいるようだ。
■あの手この手、いろいろ売り付け
正門近くでは怪しげで、やばい雰囲気の露店などもいっぱい出ていた。まず来場時、笠松駅から競馬場への途中。堤防道路への階段下では、出走馬と買い目などを書いた簡単な予想紙を、グループで売り付けようとしていた。駅方面からお客さんが来ると「サクラ」のお兄さんたちが並んで予想紙を手に取る。それに釣られて手を出して受け取ったら「ハイッ、1日分700円」などと買わされることになる。客が来る度に同じ動きを繰り返していて、初心者らが引っ掛かることもあった。手にしたら最後、なかなか突き返せないようだった。普通に信用して買うお客さんもいたし、たまに予想が当たれば喜ばれたのかも。

競馬場へとつながるこの階段。レース終盤の頃には馬券でもうけた客を狙ってか、あの手この手で商品を売り付けるさまざまな露店がズラリと並んでいた。何を売っているのかいつも横目で見やりながら車へと帰りを急いでいた。
ある時、職場の先輩から巧妙な手口に引っ掛かった話を聞いた。競馬場帰り、馬券が的中して懐が温かくなっていた1人が「500円」と書かれたズボンのベルトに目をやり「おっ安いな。買ってやろうか」と後輩に声を掛け、購入したという。売り手に「ベルトに穴を開けておきますね」と言われ、お願いしたところ「ハイッ、工賃が3000円ね」と上乗せして請求されたそうだ。帰りの車の中で「ばかなことをやっちまった」とぼやいていたとか。
メインや最終レース後には、もうけた客を狙ってやはり階段下には高級車を横付けした男性の姿もあった。「名古屋駅方面どうでえ、1万円でどうでえ」などと声を張り上げていた。「白タク」ともみられる客引き行為だったが、競馬場外ではこんなことも日常的な光景だった。また大道芸のように客寄せし「3-5」とかその日のレースで出た枠連の当たり目について、ああだこうだと講釈。そのうち「出目本」を取り出して「この通り買っていれば大当たり」などと的中を宣伝し、売り付けようともしていた。

■収益配分で、再び地域の財政を潤す
「大人のレジャーランド」として連日にぎやかで、お祭りムードにも浸れた古き良き時代の笠松競馬場。構成団体(1県2町)への収益配分では地方財政に寄与し、馬券を販売するパート女性らの雇用にも貢献してきた。バブル経済の崩壊とともに1992年以降凍結されていた収益配分は2022年度に復活。岐阜県に4500万円、笠松町に765万円、岐南町に435万円で総額5700万円が配分された。多くのファンが馬券を購入し、再び地域の財政を潤せるようになったのだ。
☆ファンの声を募集
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(筆者・ハヤヒデ)電子メール ogurinosato38hayahide@gmail.com までお願いします。
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