田所孝二監督インタビュー7回目は、福知山成美で甲子園で春夏ベスト8に躍進した時の逸話や、同校で校長を務めながら監督として指揮をとった後に、辞めて岐阜第一監督に就任する経緯などについて聞いた。(岐阜新聞デジタル独自記事です)

―福知山成美では甲子園に春夏計6回出場し、ベスト8が春夏1回ずつですね。
田所 夏は2006年にベスト8までいって、鹿児島商工(現樟南)に延長十回、2―3で負けた。その後の兵庫国体(現国スポ)準々決勝で夏優勝の斎藤佑樹(元日本ハム)の早稲田実(東京)に0―1で負けたけど、ヒットは3倍くらい打っていて、圧倒的にうちが押していた。
キャプテンは鍛治舎巧さんのところのオール枚方の塚下雄介だったが、この試合で斎藤佑樹にピッチャーライナー当てて、負傷退場させている。そうしたら塚下、ガッツポーズしてた。みんな非難ごうごう。5分くらい手当てして斎藤が戻ってきて、マウンドでハンカチ使って、次のバッターを三振に取った。
向こうはホームスチールで1点取って、うちが負けた。いい試合で高野連も大喜び。「田所、お前さすがや、空気読めてる。みんな駒大苫小牧(北海道)との決勝再現みたいんだから、お前んとこ勝ったらあかんやろ」なんていわれた(笑)。結局、早実と駒大苫小牧の決勝になって、斉藤と田中将大(現巨人)の投げ合いで1―0、甲子園に続いて早実が勝った。
この時、うちの息子も成美にいて、後に立命館大で3番打つんだけど、センターに大飛球を打ったら、相手が大ファインプレー。フリーアナウンサーの宮根誠司さんが、番組でレポートしてて「早稲田実業やっぱり、もってるわ。でも、福地山成美やりにくかったやろな、勝ったらどうなるんやろ」って言ってた。みんな同じこと考えてた。
でも、その時のチームは、あまり強くなかった...