炉を壊し、鉄の塊を取り出す佐野元治さん(左)。=関市平和通、せきてらす

 12月7日、関市のせきてらすで「たたら製鉄」が行われた。たたら製鉄とは、炭を燃やし、砂鉄を溶かして刃物のもとになる「鋼(はがね)」を作る日本古来の製鉄技術だ。私たち技の環は、関市の貝印株式会社とともに実行委員会の事務局を務めた。このイベントが、関の刃物事業者の間に交流を生み出した。

 関には実にさまざまな刃物産業があるが、大きくは現代的な製法で作る包丁や鋏(はさみ)などの工業製品と、伝統的な製法で作る日本刀に分かれる。かつては野鍛冶と呼ばれる、農機具や木工具などを作る職人もいたが、10年以上前に亡くなってしまった。たたら製鉄を呼びかけた貝印は「野鍛冶承継」を掲げ、伝統製法で高級包丁を作りたいと考えていた。

 一方、私たち技の環は、県内の様々(さまざま)な伝統工芸や文化財を支えるために、特注の仕事に対応できる鍛冶職人が必要だとの思いがあった。そこで、伝統復活の象徴としてたたら製鉄をやろうということになったのだ。

 実行委員会には貝印社員のほか、包丁を作る会社の社長や社員、ベテランのカスタムナイフ作家、関で修業した野鍛冶、地域おこし協力隊員、県産業技術総合センターの金属部の研究員、そして刀匠たちが名を連ねてくれ、「オール関」の布陣ができた。

 実行委員たちが前日に土とレンガで炉を作り、当日は早朝から炭を燃やす。あらかじめ申し込んでいた市内の小学生たちが次々に訪れ、熱い炉の中に砂鉄と炭を入れていく。夕方までに47キロの砂鉄と、70キロの炭が投入された。最後に炉を壊すと、約10キロの鉄の塊ができていた。上々の出来栄えだ。

 「今日は本当に楽しかった」と満面の笑みを浮かべたのは、実務の中心を担った1人の佐野元治さん。亡くなった関の野鍛冶から技術を学び、今は可児郡御嵩町に工房を構える。知識と腕を買われ、数年前から貝印の技術顧問も務めている。そんな佐野さんだが刀匠にはどこか引け目を感じていた。刀匠は上、野鍛冶は下と見られることもあるからだという。それが今回、たたら製鉄への協力を仰ぐために刀匠の工房を訪ねた際、技術の話ですっかり意気投合して打ち解けてしまった。「やっぱり鍛冶屋は鍛冶屋だね」

 一方「たたら製鉄のおかげでモチベーションが上がりました。最近仕事に追われていたけれど原点に返った感じがします」と感慨深げに語ったのは、包丁やナイフを作る会社を営む寺田忠生さん。以前から温めていた伝統製法の包丁作りに再び取り組みたいと思ったそうだ。野鍛冶や刀匠など、普段接点がない人たちと知り合えたのも良かったという。

 たたら製鉄が関の事業者の間の壁も溶かし、一つの塊を作ってくれたかのようだ。このイベントを継続し、塊をより豊かなものに育てていけたら、刃物の町・関の魅力はさらに増すことだろう。

(久津輪雅 技の環代表理事、森林文化アカデミー教授)

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