ナラ炭を袋に詰める葛巻町森林組合の職人たち=岩手県葛巻町
伝統工芸木炭生産技術保存会の専従伝承者、藤元優恵さん(左)と代表の坪内哲也さん=岡山県美咲町

 6月の本欄で、日本刀の刀匠たちが鍛錬に使う松炭の価格が高騰し、供給量も減っていることを伝えた。生産現場の実情を探るため、主要な産地である岩手県と岡山県に足を運んだ。

 岩手県は日本一の木炭の産地で、「岩手木炭」は地理的認証制度(GI)に登録されている。葛巻町森林組合の製炭場を訪ねると、70代後半の職人2人が作業をしていた。原木を割り、窯に詰めて焼き、1カ月かけて炭にする。体を使う仕事だ。県内の生産者は20年前には約300人いたが現在は100人未満に減っており、平均年齢は68歳だ。

 「実はここでは松炭は焼いていないんです。協会ではナラ炭の生産を奨励しています」と一般社団法人・岩手県木炭協会で生産技術指導を行う阿部哲さんが言う。ナラ炭の方が単価が高く、利幅が大きいためだ。ナラ炭の合間に松炭も焼く生産者は県内に5軒ほどいるだけで、松炭の生産量は全体のわずか3~4%、50トンに満たない。岐阜県の関市の刀匠だけで年13トンを必要とするため、決して多いとは言えない量だ。

 重く固いナラ炭は火力が強く火持ちが良いとされ、飲食業やバーベキューなどに使われる。しかし刃物の鍛錬には適さない。鍛錬用の炭に求められるのは火力や火持ちではなく、温度調節のしやすさだ。風を送れば温度が上がり、止めれば下がるため、軽い松炭が鍛錬に最適なのだ。「関の刀匠さんは昔からのお得意様なので、今後も需要があれば松炭も焼きます」と協会では言ってくれたが、生産者の高齢化や減少を考えると不安も残る。

 岡山県で合同会社・伝統工芸木炭生産技術保存会の代表を務める坪内哲也さんは、もともと刀匠だ。2008年の岩手・宮城内陸地震で東北地方の製炭場が壊れて廃業が相次ぎ、危機感を持った全日本刀匠会が自ら炭焼き事業を始めた。そこに備前長船刀剣博物館で学芸員補を務めていた藤元優恵さんが加わり、保存会を立ち上げた。

 震災直後は松炭を中心に年30トンほどを焼いていたが、現在は半分の15トン以下。それを主に岡山、広島、九州の刀匠に販売している。生産量が減った理由として2人は国産材需要の急増と松枯れを挙げた。岡山県はバイオマス発電の先進地で2015年に発電所が稼働し、大量の原木が必要になった。さらににウッドショックで建材需要も増え、アカマツの価格は1立方メートル4千円から2万円に跳ね上がった。また、松枯れは昆虫が病原体を運んで松林を枯らすもので、最近再び猛威を振るっているという。

 保存会ではアカマツの植樹にまで取り組んでいる。炭にできるのは早くて20年後。40ヘクタールを目標に植え続けているが、シカの食害に遭うなど苦労は絶えない。坪内さんは言う。「高くても買って支えていただくしかない。でないと炭焼き職人はみんな辞めてしまいます」

(久津輪雅 技の環代表理事、森林文化アカデミー教授)

 【松炭生産者の報告会予定】 技の環では、引き続き岐阜県内の木炭生産者にも聞き取り調査を行う予定。松炭を必要とする刀匠や鍛冶職人に実情を知ってもらうため、来年3月上旬に県内外の生産者を招き、関市で報告会を開催したいと考えている。