樹皮をはぐ八柳良太郎理事長。傍らでは同行者がクマよけの鈴を鳴らし続けていた=秋田県仙北市

 岐阜県では飛騨や東濃などで弁当箱やせいろなどの曲げ物製品が作られていて、綴(と)じる部分に桜の樹皮が使われている。この桜の樹皮を今まで秋田県や奈良県から仕入れてきたが、価格が高くなり供給量も減っているため、今後は県内での調達も検討しなければならないと昨年9月の本連載で伝えた。他県では実際に誰がどのように採取しているのかを知るため、この夏、秋田県の産地を訪ねた。

 桜の樹皮を使う工芸品は秋田県に二つある。一つは樹皮そのものを型や木地に貼り付ける角館(仙北市)の「樺(かば)細工」。茶筒などが有名だ。もう一つは大館市の「曲げわっぱ」。杉の弁当箱やおひつなどが知られる。両市を訪ねて実感したのは、伝統工芸品を作り続けるために職人や問屋が自ら森へ入って材料を採取しなければならない時代になったこと、しかもそれを文字通り「命がけ」でやっていることだ。

 角館では、角館工芸協同組合の八柳(やつやなぎ)良太郎理事長に現地で手ほどきをしてもらった。桜の幹に縦に40センチほど切り込みを入れ、手ではがしてゆく。旬は7月の梅雨明けから9月までの3カ月弱だ。角館には手痛い誤算が二つある。一つは旧角館町が1973(昭和48)年から30年かけて133ヘクタールに30万本もの桜の苗を植えたが、ほとんど全滅してしまったこと。理由はいろいろあるが、桜の育林に関する知識が不十分だったことが大きい。もう一つは東日本大震災だ。かつては青森、岩手、宮城、福島の農家や炭焼き職人が、桜の樹皮をはいで角館に持ち込んでくれた。しかし東日本大震災の当時、岩手県南部までの森が放射能被害を受けたことで、それらの地域からの持ち込みが一切なくなってしまった。

 八柳理事長は、実は樺細工製品を商う問屋の会長である。しかし職人が製品を作ろうにも材料がないという事態に陥り、会長自ら森へ入って行かざるを得なくなった。各地の森林組合に依頼しておき、桜がある森林を伐採する連絡が入ると県外でも車を走らせ、自ら樹皮をはぐ。「片道3時間までなら喜んで行きます。死活問題ですから」と言う。

 大館では3軒の曲げわっぱ工房を訪ねたが、ここでも状況は深刻だ。職人10人以上が働くある工房では、本来は職人である80代の会長と50代の社長が自ら森へ入るのだという。桜を求めて脚立を抱えて歩き、最近急増しているクマを警戒しながら樹皮をはぐ。「本当に命がけです。無事に帰ってきてくれるか、気が気ではありません」と社長の妻は語る。

 秋田県で見てきた課題は、これからの岐阜県の課題でもある。もう材料を他県に依存することはできない。林業と伝統工芸をつなぐ仕組みづくりを急がなければならない。

(久津輪雅 技の環代表理事、森林文化アカデミー教授)

 【年次報告書が完成】 技の環が岐阜県文化伝承課より業務委託を受けている「『匠の国ぎふ』の技を支える相談事業」の年次報告書が刊行された。2024年度中に取り組んだ事例のほか、今年3月に行った「伝統技術の後継者を育てる仕組みづくり」の座談会記録も併載。「技の環 アーカイブ」で検索すると、全文を閲覧できる。