今、多くの登山者が岐阜県川辺町に足を運んでいる。お目当ては、登山者向けサイトで「岐阜のグランドキャニオン」と呼ばれるようになった、町内の山からの眺め。アメリカにあるあのグランドキャニオンに本当に似ているのか。岐阜で見られるなら手軽で嬉しい。実際に記者が登ってみた。
山々に囲まれた人口約1万人の小さな町、川辺町。町内を流れる飛騨川は、かつて飛騨から木材を運ぶ水運の要衝だった。現在は川辺ダムが造られ、ダム湖に漕艇場があることからボートの町として知られる。

その飛騨川を並走する国道41号沿いに、話題の山「遠見山」の登山口はあった。標高272mの低山というが、麓からは切り立った崖のように見え、少し身構えた。
進んでいくと登山道の案内看板があった。立て掛けられた木の杖とともに、錆びた鎌が支柱に刺さっている。草刈り用だろうか。
看板の先へ行くと、「前島拱渠(きょうきょ)」と書かれた小さなトンネルが現れた。「千と千尋の神隠し」を彷彿(ほうふつ)させる、ぽっかりと空いた穴が好奇心をかき立てる。上にはJR高山線が通っていた。

道は狭いながらも至る所に木製の階段が設けられ、すいすいと登っていける。比較的こう配が急な箇所にはロープがかけてあった。

道中、「壱の笑」と書かれた立て看板があった。どういう意味だろう。登り進めていくと、結局「参の笑」まであった。謎だ。

立て看板はほかにもあり、「半分ぐらい登ったかな? がんばれ」「がんばったね もうすぐだよ」と励ましてくれる。横書きがLINEの投稿のようで、なんだかかわいい。

尾根筋に着くと、道は二手に分かれた。「見晴らし岩」の方へ向かう。木の間から、きらきらと輝く川面が見えてきた。登山口から20分足らずで到着した。
U字型に蛇行した飛騨川と、三方を川に囲まれた出島のような陸地。なるほど、馬の蹄に似ていることから名づけられたグランドキャニオンの名所「ホースシューベンド」そっくりの形だ。本家に比べれば高低差はそこまでなく、何より緑が濃い。山頂からは、かつて綱場や木材をいかだにして運んだ場所が一望できる。
豊橋市からサイトを見て訪れた夫婦は「本物のグランドキャニオンを見たことがあるが、スケールが圧倒的に違いますね」とやや悲しいコメント。それでも「これはこれできれいな景色」と話し、写真撮影を楽しんでいた。
見晴らし岩はその名の通り、岩場が露出した展望スペース。この岩を前景に写真を撮ると、「グランドキャニオン感」が増したので、撮影の際はお勧めしたい。

この登山道。2020年の12月に住民ボランティアが町とともに2年かけた整備を終えたばかり。昨年10月、多くの登山者が利用する登山GPSアプリ「YAMAP」のウェブサイトで紹介されると、登山者の数は以前の約3倍に増えたという。

整備に携わったボランティアのリーダーで、遠見山の麓で理髪店を営む佐伯雄幸さん(71)は「岐阜のグランドキャニオンと呼ばれるようになり、目に見えて訪れる人が増えた」と喜ぶ。ちなみに「一の笑」などは、距離を示す目安とともに、疲れて「膝が笑う」ようになる頃合いの箇所という意味だとか。「何合目とかより、面白い言葉はないかな、と思って」といたずらっぽく笑う。
美濃と飛騨を結ぶ国道41号の通過点だった場所が、住民の手によって観光資源として目覚めた。佐伯さんたちは町内の他の山の整備も進めているという。
トンネルの手前には、下山した登山者に向けて「おつかれ またきてね」との看板が立ててあった。また紅葉の時期に訪れたいと思った。
