家族連れでにぎわう岐阜公園内の動物園。ペンギンは人気者だった=岐阜市大宮町、1975年3月撮影
岐阜公園の動物園で飼育されていたライオン=1969年2月撮影
動物を見学する子どもたち=1957年3月撮影
園内で放し飼いされたクジャク=1962年5月撮影

 かつて、岐阜公園(岐阜市大宮町)には動物園があった。今は金華山山頂の岐阜城とともに織田信長の居館跡復元計画などで「歴史スポット」となった岐阜公園。戦後の岐阜県民の心を捉えたのは、ライオン、ペンギン、ニホンザル、ツキノワグマ、ペリカン、クジャクといった動物たちだった。

 岐阜公園の開園は明治時代の1880年代。大正時代には岐阜事件で遭難した板垣退助の銅像が建てられた。戦後間もない1955年に金華山ロープウェーが開業。同年には児童科学館も開館し、観光スポットとして人気が集まり始めた。

 動物園があったのは現在の公園内の北エリア。高度成長期、動物の種類は増えていった。58年には目玉として東京の動物園からチリに生息するフンボルトペンギン4羽がやってきた。8羽にまで増えた時期もあった。ライオン2頭は「金ボタン」「銀ボタン」と呼ばれ、子どもたちの人気者だった。

 77年5月には、天国へ旅立った2頭の代わりに、つがいのライオンが宮崎県のサファリパークからやってきた。当時の本紙記事は、到着した時の様子を「トラックで到着。銃を構えた岐阜猟友会員が万一に備える中を無事に、新居に入った」とある。ライオン舎やペンギンの池、後にはライオンの代わりに来たサルのおりは休日には家族連れでにぎわった。

 公園近くにある老舗ホテル「ホテルパーク」(同市湊町)の女将(おかみ)、山岡典子さん(54)は「幼稚園の頃から家族と金華山に登った後で動物園に行くのが楽しみだったわ。好きだったのはライオンとツキノワグマ。25歳で結婚した後も子どもを連れて行った」と懐かしむ。当時は水族館もあり山岡さんは「あの薄暗さの中で見るオオサンショウウオやデンキウナギは不気味だったけど、怖いもの見たさについ足を運んでしまったの」と照れ笑いを浮かべた。

 80年代に入り公園の再整備が進んだ。85年に市歴史博物館が完成。岐阜市制100年に合わせて、岐阜公園を歴史公園にという計画が立てられた。大型動物は各地の動物園に、小動物は県内の学校に引き取られた。水族館のオオサンショウウオ7匹は上野動物園に移り、同園の両生は虫類館の人気者になった。

 動物園は97年に、水族館は99年に閉鎖された。山岡さんは「昔は子どもがいっぱいいてにぎやかだった」と懐かしい日々を振り返った。

 現在、動物園があった辺りには、戦国期の石組み技法で2001年に完成した「信長の庭」が広がる。今後は本格的な歴史公園の整備が計画されている。

(この企画は毎月第3日曜日に掲載します)