岐阜新聞デジタルが、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部教授の秋元祥治さん(岐阜市出身)とお届けするトーク番組「やっぱ岐阜やて!」。今回は岐阜に生まれて数え年で100歳、先日は岐阜市の名誉市民にもなった、岐阜新聞社の杉山幹夫最高顧問に登場していただきました。「岐阜に一番活気があったのはいつ?」「なんで元気がなくなってきたと思います?」。本やネットでは分からない、リアルな岐阜の歴史を率直に語ってもらいました。それにしてもなんでそんな細かいことまで覚えているんです!? 頼むで見たって!(岐阜新聞デジタル独自記事です)

 杉山幹夫(すぎやま・みきお) 1927年、羽島郡笠松町生まれ。旧制中学の岐阜第一中(現岐阜高校)を経て、国立岐阜農林専門学校(現岐阜大)を卒業後、54年岐阜タイムス社(現岐阜新聞社)入社。71年社長、2004年会長。18年から最高顧問。2026年、岐阜市名誉市民。「スーさん」として、ぎふチャンテレビで2011~21年に放送された番組「昭和がらくた劇場」に出演した。

 秋元祥治(あきもと・しょうじ) 1979年生まれ、岐阜市出身。早稲田大学政治経済学部中退。2001年にNPO法人G―net(岐阜市)を設立、地域活性化、中小企業支援に取り組む。2013年に「岡崎ビジネスサポートセンター」(オカビズ)センター長就任(現・チーフコーディネーター)、中小企業支援、売り上げアップをサポートしている。

 カバリーニョ馬田 1975年生まれ、岐阜市出身。99年に岐阜新聞社入社。メディアラボ室長。「カバリーニョ」はポルトガル語で「子馬ちゃん」の意味。

◆終戦1カ月で映画館ができた

 秋元 岐阜市の名誉市民、おめでとうございます。報道関係者としては初めてのことだそうですね。

 杉山 名誉市民は市長が決めるもの。メディアと市長の立場は向き合うことが多いから、普通はなかなか推薦してもらえない。いつも頭を下げているわけでもないのに、まあ、年齢かな(笑)。

 秋元 いやいや、そんなことはないでしょう。生まれてから岐阜の街を100年近く見てきました。昔と今を比べてどう感じますか。

 杉山 子どもの頃、笠松からポケットに小遣いを入れて電車に乗り、柳ケ瀬で活動写真を見た。当時は映画と言わず、活動写真といった。こんなに楽しいことはないと思った。子どもですからチャンバラが好きで、嵐寛寿郎、阪東妻三郎、市川右太衛門、片岡千恵蔵。感動したよ。柳ケ瀬は憧れの街だった。

 秋元 柳ケ瀬は憧れだったんですね。

 杉山 8月の終戦、その翌9月にはもうバラックで「柳ケ瀬座」という映画館ができた。2、3カ月で映画館がどんどん生まれた。あの頃の岐阜は...