産婦人科医 今井篤志氏

 昨年12月、日本の民間人としては初めて実業家の前沢友作さんら2人がプロの宇宙飛行士と共に国際宇宙ステーションに滞在する宇宙旅行を行いました。地球に帰還したばかりの宇宙飛行士が周りの人に両脇から体を支えてもらいながら移動する光景は報道でよく目にしますが、彼らは12日間の宇宙滞在でも現地スタッフの支えが必要でした。宇宙に滞在すると人体にはどのような変化が表れるのでしょうか?

 宇宙では骨や筋肉が急速に弱くなります。地上にいる時は、常に重力が体にかかっていますので、その力に対抗するように無意識のうちに、全身の筋肉や骨を使っています。重力がない環境では、2本足で立たなくても姿勢を維持できますし、移動する時も脚を使う必要がありません。つまり、骨・筋の維持には重力による適度な負荷が必要なのです。

 活動の乏しい高齢の骨粗しょう症患者では腰椎や大腿(だいたい)骨など姿勢を支える骨の量が1年間に1・0~1・5%減少しますが、これと同量の骨密度の低下が1カ月の宇宙旅行で起こります。骨の強度はカルシウムによって保たれていますので、無重力の宇宙滞在中はこのカルシウムが1日当たり約0・3グラム溶け出し、尿中に排出されます=図=。すると腎臓や尿管で結晶化し、尿路結石となることがあります。尿路結石は激しい痛みを引き起こしますので、医療が受けられず、しかも地上への緊急搬送も困難な宇宙では重大な問題です。荷重がかからない腕はあまり影響を受けません。

 骨だけでなく筋肉にも影響が表れます。地上では姿勢を維持するために常に緊張している筋肉(抗重力筋)があります。無重力では脚の筋肉の断面積は1日に1%ずつ細くなり、数週間から数カ月の宇宙滞在では脚の筋力は30%程度低下します。また心臓の筋肉も例外でなく、無重力環境では重力に抵抗して血液を送り出す必要がなくなるため、心筋そのものも弱ってしまいます。宇宙飛行士はこのような骨や筋肉の衰えをできるだけ避けるため、宇宙ステーション内では1日に2~4時間の運動をしています。

 姿勢を保つためには平衡機能も重要です。耳の奥(内耳)にある前庭器官が体の動き(加速度)や傾きのセンサー的な働きを担っています。無重力ではこの前庭器官から正しい情報が発せられず、体のバランスを保つのが困難になります。これが宇宙酔いです。

 宇宙飛行士が地上に帰還すると立ちくらみ(起立性低血圧)を起こすことがよくあります。地上は重力があるので、心臓が重力に逆らって頭まで血液を送り出すことが難しくなることで起きます。心臓の筋肉が衰えてしまうことも拍車をかけています。

 無重力では、植物の根や茎は上下左右あらぬ方向に伸びます。植物も重力を感じ取って、芽は上に伸び根は下に張りますが、そのセンサーが機能しなくなるからです。重力がある環境で進化してきた地上の生物の多くは重力がなくなると多大な影響を受けます。

(松波総合病院腫瘍内分泌センター長、羽島郡笠松町田代)