脳神経外科医 奥村歩氏

 新型コロナウイルスによる非常事態は、人とのつながりについて考えさせられました。感染予防のため、大切な人とのひとときにも、気を使わなければなりません。私の場合、施設の母に面会することができなかった。勤務医の子供たちと、数カ月に1度の食事を共にすることができなかった。寂しく辛(つら)いことでした。しかし今、人の絆は変わらないことをより深く感じています。そして、「つながりの力」は、時間や場所を飛び越えて、人を支えてくれることもあります。

 「つながりの力」は、認知症の本質を理解し、家族が豊かに暮らすのに重要な術(すべ)です。認知症の方と暮らす、ある家族の話を紹介します。

 73歳のMさんは、2年前からもの忘れが目立つように。昨日の出来事も、先ほど話したことも、すっかり忘れてしまう状態です。病院では、アルツハイマー型認知症と診断されました。Mさんは、3世代の家族と過ごしています。家族にもの忘れを指摘されると、「俺をボケ扱いするな!」と火がついたように怒ってしまう。温厚だったMさんのキレ方に、家族は「認知症が人をすっかり変えてしまった」と思い込み、腫れ物に触るかのように、よそよそしく対応するようになりました。そしてMさんは1日中、テレビの前でぼんやりと過ごすようになってしまいました。

 そんなある日の夜。Mさんの孫がひどい腹痛に。子どものただならない痛がりように、両親は戸惑い、慌てふためいてしまいました。その時、異様な気配を感じたMさんが寝室から現れました。そして「この痛がり方は、お前(Mさんの息子・40歳)が小学生の頃、盲腸(急性虫垂炎)を切った時と似ているな。すぐに病院に連れて行かないと」と言ったのです。Mさんのアドバイスに従って緊急入院した孫は、無事に治療を受け、事なきを得ました。後日、Mさんは「お前が盲腸になった時は、母さん(妻)と一緒に心配してなあ。一晩中、眠れなかったよ」と。

 急性虫垂炎になった本人ですら忘れてしまっている昔のことを、認知症のMさんが鮮明に覚えていたという事実に、家族はとても驚きました。そして気が付いたのです。「Mさんは認知症になっても、家族を思いやる気持ちは決して忘れていない」ということを。

 その後、家族は"Mさんとの絆"を大切にするよう、接し方を変えました。古いアルバムを見ながら、思い出話をし、笑ったり、泣いたり、感謝をしたり。すると、Mさんは再び温厚で元気な姿を取り戻していったのです。

 認知症の方の記憶はタマネギのようなもの。外側の皮(近時記憶)が落ちても、芯は大丈夫なことが多いのです。その人らしさを形作る芯の部分は永く残ります。子育てや働き盛りだった、輝いていた時代の記憶は、生き生きと残っています。ついさっきのことを忘れてしまうことを嘆くのではなく、今でも覚えていることに焦点を当てて、絆を大切にしてください。

 新型コロナも認知症も、私たちの絆を断つことはできないのです。

 (羽島郡岐南町下印食、おくむらメモリークリニック院長)